、小頭二人、道橋元締二人、賄方手代二人、同じく目付三人、先拂と注進〆て六人、飛脚二人、手※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り二十四人、掃除方八人、仲間十四人、張番組十二人、駕籠十八人としてあつて、それに宿方の物貸宿、人馬割場、圍宿、近村の役人宿、馬宿、名主から、御宿詰御勘定亭主役、手代、料理人までが書き出してある。一藩の家老が地方巡見の際にすら、その蔭にはこれほどの人の動きがある。過去に隱れてゐるものはこの類だ。

 同じ中仙道筋でも、追分宿には問屋場の他に街道を通過する荷物の貫目御改所なるものが設けてあり、そこには陣屋役人の詰所もあつたやうで、その構造は備後表の縁付《へりつき》の疊を敷いた瓦葺の建家と、葺おろしの下家との二軒より成り、その坪數も三十三坪餘はあつたといふ。これなぞは特別の構造と見てよく、普通中仙道筋の問屋場は二間幅ほどの表入口に三尺の板庇をつけ、入口は障子、敷居下は羽目板にして蹴込みを取りつけ、宿役人の詰所の方も二間四方ばかりあつて、板縁の押入れが取りつけてあつたものらしい。馬籠宿本陣附屬の問屋場の構造も先づそんなところであつたらうと思はれる。

 街道筋の宿役
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