分宿土屋氏の名主古帳、信州埴科郡新地村山崎氏の名主古帳、木曾福島宿公用記録、妻籠本陣の御年貢皆濟目録及び本陣日記、馬籠宿役人蜂谷源十郎のつけた八幡屋覺帳の類は、街道筋その他のことを知る上にそれ/″\好い參考になつた。古い記録といふものも讀みがたいものが多く、反古裏《ほごうら》に書込みなどしたのもあり、お家流の書體でしかも走り書の文字を辿つてゐるときなぞは、まつたく茫然としてしまふこともあつた。しかし、それらの記録を殘して置いて呉れた人達があつて、明治維新前後の民間の事情もどうやら今日に辿られるやうなものだ。そのあるものを讀むと、木曾谷を領してゐた尾州徳川家では寛政年代の昔に名古屋藩としての觸書を出して、谷中のものが所持する源敬公時代以來の古記録を徴集した事蹟のあることなぞを知る。わたしはこの作をするにつけて今の尾州徳川家の蓬左文庫に負ふことも多い。

 大黒屋日記(年内諸事日記帳)の一節に曰く、
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『中のかや(馬籠宿一部落の小名)五兵衞參り、土産に玉子十一惠み下され、就いては伜貞助當年拙者方へ預け、手習、算術など教へ、手すきの節は酒つぎなりと致させ(大黒屋は造り酒
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