わたしの發表しはじめた序の章はいくらかでも同君の無聊を慰めたかして、例の鉛筆で次の一詩を葉書にかいて寄せられたことも忘れがたい。
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 讀[#二]『黎明前』序章[#一]賦呈
想起曾縢馬籠驛
萬山雲湧卷還舒
大溪幽壑藍青淀
仄屋斜簷深奧岨
盛列諸侯騎前蹕
亂槍敗將釜中魚
※[#「月+童」、291−3]朧日出襯[#二]今代[#一]
君作一篇足[#レ]起[#レ]予
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 この詩、花袋君が形見としてわたしの手許に殘つた。第一部の第二章までをあの友達に讀んで見て貰へたことも今は思ひ出の種となつてしまつた。

 まだわたしは長い仕事の跡片付もすつかり濟ましてゐない。『夜明け前』を書くためには、作の性質から言つても參考となるべき種々な舊い記録を讀まねばならなかつたから、その都度各方面から借り受けた古帳日記の類は追々と返して來たものゝ、まだそれでも自分の手許にはいろ/\なものがそのまゝ殘してある。あれも返さねばならない、これも返さねばならないと心には掛りながら、たゞ/\休息したいと思ふこゝろもちで一ぱいなのが昨今のわたしだ。木曾王瀧村松原氏の庄屋古帳、中仙道追
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