し、それを同君の前に持ちだしたことなどを覺えてゐる。私が長い仕事に取りかゝる頃は花袋君はまだ達者でゐたが、さすがに著作の經驗の多い同君は年四囘發表といふやうな私のやりかたを危ぶまれ、今度の飯倉の仕事はおそらく一年とは續けられまいかと人に向つて語られたこともあつたとか。その私がどうやら仕事を續けてゐるうちに、心配してくれた同君の方が思ひがけない病氣にかゝつた。作の出來不出來は別としても、二卷にまとまつた本をあの友達の手に取つて見てもらへないことはまことに殘念に思ふ。さういふ私は年若な頃とも違つて今では少量の食しかとらないし、あの友達なぞに比べると三分の一の仕事も覺束ない。人一倍強壯な體格の持主であつた花袋君が先に亡くなつて、自分のやうなものが生き殘つたことさへ不思議なくらゐだ。
この仕事をはじめかけた頃、次男と三男は相前後して歐洲への畫學修業に遠く旅立ち、長兄の連合《つれあひ》にあたる嫂が青山の親戚の家の方で亡くなつた。昭和四年の六月のはじめ、まだ梅雨の季節のやつて來ないうちに自分がこの作第一部の第二章を書き終つたのは、病床にあつた花袋君の一時快癒を聞く頃であつたと思ふ。中央公論誌上で
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