ノのみ考へてゐるやうに見えるが、自分としては、どうも、さうばかりとは思はれない。勿論『破戒』のやうな作が多少の刺戟を文壇に與へはしたであらうが、あの小説が自分の微力をこめた單行本でなしに、もつと他の違つた形で世に送り出されたとしたら、恐らく、あれほどはつきりとは自分等の進み得る道を開拓し得なかつたらうと思ふ。
そこで、私の長い著作生活を通じて、この『緑蔭叢書』の出版は、最も深い思ひ出の一つとなつたわけである。
今日のやうに印刷術も進歩し、素人が書籍を出版することも困難でない時代に、私の執つた方法なぞも珍らしいことではないかも知れぬが、私の『破戒』を出した頃は出版界も狹苦しく、印刷術などもまだ割合に幼稚で、五六百頁からの長篇を獨力で世に送り出すと云ふことも、なか/\容易な業ではなかつた。當時は活字に對する知識なども幼稚で、本の組方なども極めて粗雜に考へられてゐた。一頁の天地左右の開きなぞも、殆んど定まつた意匠の下になつたやうなものではなく、極めて無雜作に組み入れられると云ふ状態であつた。さうしたことに注意する人も少く、又、考へる人もなかつたかと思ふ。
やむを得ず私はハイネマン社の出
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