奄フ製本が出來た日、私は本を積んだ荷車の後について、數寄屋橋から神田の裏神保町まで歩いたことがあつた。丁度雨降り揚句の蒸し/\と暑い日であつた。高い足駄ばきであの神田河岸の乾いた道を踏んで行つた時のことは忘れられない。』
これは『著作と出版』と云ふ題下に最初讀賣新聞へ寄せた感想の一節で、その後、自分の感想集『市井にありて』の中にも入れてあるから、讀者諸君の中には既にそれを讀んだ人もあらうかと思ふ。
今になつて、私は、この『緑蔭叢書』の自費出版が自分等の道を切り開くことに於て深い關係のあつたのに思ひ當る。私は、どうしたら、從來、著作者と出版業者との間に蟠《わだかま》る情實などに拘泥せず、もとつ廣々とした自由な天地へ踏み出して行かれるかと考へ、一方には江戸時代から引き續いて來た作者氣質を脱して、もつと著作者の位置を高めなければならぬと考へて、その結果、この自費出版の方法を思ひ付いたのであつた。
このことは明治年代の文學を振り返つて見る人たちにとつて、あまり、顧みられてゐなかつた。さう云ふ人たちは、私が最初の長篇小説の試みであつた『破戒』が、新しい文學の進出に一轉期を劃したものと云ふ風
前へ
次へ
全195ページ中140ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング