iで、教訓的なのに驚きもした。さういふわたしは木曾の山村に生れ、あの深い森林地帶に自分の少年時代を送つたものであるが、父は熱心な子弟の教育者であつたから、わたしも父から與へらるゝまゝに、よく聲をあげてそれらの昔の教へ草を暗誦したことを覺えてゐる。わたしは子供心にもそれらの著者を尊敬することは知つてゐても、どうしてもその内に入つて行くことは出來なかつた。反つて家の圍爐裏ばたにゐる爺さんなぞの話しかけて呉れる言葉の方に耳を傾け、子供にもわかり易い昔話、解き易い謎、さては田圃や畠の間にころがつてゐるやうなお伽話に、言ひ知れぬ親しみを覺えたものであつた。このわたしたちの幼少な時分に思ひ比べたら、今日の兒童は遙かに幸福であると言へよう。何と言つても、新しい兒童の文學がこの國に開拓されたのは、明治以來の文學者がそれまで在り來つた堅く狹苦しい制約を破つて、言葉と文章との一致といふことを考へたところから始まる。この愛兒讀本の著者、小野君もやはりその歴史を見て來た人の一人で、おそらく言葉と文章とを結びつけることの歡びにかけては、わたしたちと感を同じくせられるであらうと思ふ。さてこそ、この讀本に見るやうな
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