ワり返つてゐるやうな氣がする。物をいへば口唇が寒いのか。吹き狂ふ世紀のつめたい風がこんなに人を沈默させるのか。

 書物に對してすら、今の私達は音讀の習慣を失ふやうになつた。默讀、默讀だ。これは自分等のやうな年頃のものばかりでないと見えて、町を歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてもめつたに若々しい讀書の聲をきかない。

 先づ聲を出せ。そのことに思ひついて、音讀や朗吟の氣風を再興したいといひ出した人がある。その趣意を弘めるための試みの一つとして、最近に短歌五首と長詩一篇とを朗吟し、それをポリドオル蓄音器會社のレコードに吹き込んだ人がある。それを吹き込んだ人が土岐善麿君であるのだから、私にはめづらしく思はれた。そのレコードの半面は遠くは西行や實朝から近くは啄木までの五人の短歌一首づゝ、半面にはわたしの千曲川旅情の歌を組み合せたものであるが、發行所から寄贈されたのを聽いて見ると、自分らの青春はそんなところにも隱れてゐるかのやうな心持を起させる。あの朗吟は、それほど自然で、すこしのわざとらしさもない。耳ざはりも實に爽かである。おもしろい試みと思つた。

 滿目蕭條――寒い季節が
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