@ 芭蕉

 芭蕉は六人ある兄妹の中の次男に生まれた。長兄との間に姉が一人あり、妹が三人あつたといふ。さういふ家族の中に成長したことも、少年期から青年期へかけての芭蕉には大切なことであつたらう。幼名金作、後に甚七郎、元服しての名を忠右衞門と言つた芭蕉が伊賀の山の中で送つた少年時代の記憶は、それがいろ/\な形となつて後年の句作の中にあらはれてゐるのではなからうかと思ふ。芭蕉の句には深い山の中の空氣を感じさせるものがあるが、わたしはそれを作者が少年時代や青年時代の記憶とひき離しては考へられないやうな氣もする。
 父松尾與左衞門とは、どんな人であつたらう。主家藤堂氏とても、伊賀上野の代官として五千石を領したといふくらゐだから、當時にあつてそれほど大きな知行取りではなかつたらしい。宗房時代の芭蕉が若君の從士として、藤堂家に仕へ、そこに藤堂良忠のやうな人を見出したことは奇縁と言ふべきである。

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月の鏡小春に見るや目正月
あちこちや面々さばき柳髮
うかれけり人や初瀬の山ざくら
糸櫻こやかへるさの足もつれ
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 芭蕉二十一歳から二十四歳頃へかけての青年期
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