フ句である。
若主人藤堂良忠は貞徳の流れを酌み、貞室と季吟とに師事し、談林派の宗因とも交り、自ら蝉吟と號したといふほどの人である。この人の伊賀上野の家中に與へた感化は大きいものであつたらう。當時の人の句を編んだものには、伊賀の作者三十六人を數へるといふ。芭蕉は二十三歳の頃に、この好い若主人を失つてゐる。この人の死が年若な芭蕉に取つて深い打撃であつたことは爭はれまい――假令、その遺骨を高野山に納めたなどの説はよく分らないまでも。
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降る音や耳もすうなる梅の雨
夕顏にみとるゝや身もうかりひよん
荻の聲こや秋風の口うつし
女夫鹿《めをしか》や毛に毛がそろふて毛むつかし
雲とへだつ友かや雁《かり》の生わかれ
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芭蕉二十四歳より二十九歳頃へかけての句である。
實に、句の姿はいろ/\に動いて、若い作者が精神の動搖のはげしさを感じさせる。あるひは貞室に行き、季吟に行き、あるひは宗因に行きして、暗いところに物を探り求めてゐたやうな芭蕉のことがわたしの想像に上つて來る。
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波の花と雪もや水のかへり花
この梅に牛も初音と鳴きつべ
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