リ村熊二翁がこの詩をわたしに示し、特にその中の『叢菊兩開他日涙、孤舟一繋故園心』の二句を指摘して、いかにこの詩の作者が心の深い人であるかをわたしに言つて見せた。それが日頃自分の愛讀する杜詩であつたといふことにもわたしは心をひかれ、これを示した木村翁が自分とはずつと年齡も違へば學問の仕方もまるきり違つてゐることにも心をひかれた。わたしは自分と同じ杜詩の愛を思ひがけないところに見つけたやうな氣がして、それからは『秋興八首』を讀み返して見る度によく翁の生涯を思ひ出す。
青年時代にはそれほどはつきりとしなかつた杜詩の大きな背景、それらのものがこの節しきりとわたしの想像に上つて來る。言つて見れば、詩人としての杜子美は大きな現實主義者である。性格的にさう言へると思ふ。五十九歳で唐の來陽といふところに病死したといふその涙に滿ちた生涯が何よりの證據だ。さういふ點で、多分にロマンチックな要素をそなへてゐたあの李太白の質とはいちじるしい對照を見せる。杜詩の痛切な現實性は、一字一句の末にもあらはれてゐないではないが、それよりもこれらの詩の全體が語るものにこそ、まことの詩人らしさが窺はれると思ふ。
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