城《けいじょう》へも行き、木浦《もっぽ》、威海衛《いかいえい》、それから鉄嶺《てつれい》までも行った。支那の中で、一番気に入ったところは南京《ナンキン》だった。一番長く居たところもあの旧《ふる》い都だった。
 無器用なようで雅致のある支那風の陶器《せともの》とか、刺繍《ぬいとり》とか、そんな物まで未だ山本さんの眼についていた。組を造ってよく食いに行った料理屋の食卓の上も忘れられなかった。丁度|仏蘭西《フランス》あたりへ長く行って来た人は何かにつけて巴里《パリ》を思出すように、山本さんは又こうして町を歩いていても、先ず南京の二月を思出す。
 今度の帰朝で彼を驚かしたのは、東京に居る友人の遠く成って了《しま》ったことだ。最早《もう》死んだ人もある。引越した先の分らなく成って了った人もある。めずらしく旧《むかし》の友達に逢っても、以前のようには話せなかった。
 こんな外国人のような、知る人も無い有様で、山本さんは妹を待受けていた。妹の手紙には、寒い方から鼻の療治に出掛けるとしてあった。仙台から一里ばかり手前にある岩沼というところが山本さんの郷里だ。この空には、東北の方の暗さも思いやられた。

 旅舎《やどや》の二階へ戻って、山本さんは白い鞄《かばん》を開けて見た。読もうと思って彼地《むこう》から持って来た支那の小説が出て来た。名高い『紅楼夢』だ。嗅《か》ぎ慣れた臭《におい》はその唐本の中にもあった。
 一冊取出して、その中に書いてある宝玉という主人公のことなぞを考えながら読んでいるうちに、何時《いつ》の間にか彼の考えは自分の一生に移って行った。
 彼は阿武隈川《あぶくまがわ》の辺《ほとり》で送った自分の幼少《ちいさ》い時を考えた。学生時代を考えた。岩沼にある自分の生れた旧い家を考えた。田舎医者としては可成《かなり》大きく門戸を張っている父のことや、今度出て来るという妹と彼と二人だけ産んだ先《せん》の母のことや、それから多勢ある腹違いの弟、妹のことなどを考えた。
 二度目の母に対しては、どちらかと言えば彼は冷淡で、別にそう邪魔にも思わなければ、無論|難有《ありがた》くも思っていない。唯彼は妹と違って、腹違いの弟妹《きょうだい》がズンズン成長《しとな》って行くところを黙って視《み》てはいられなかった。
 妹は女学生時代から男性《おとこ》のような娘だった。我儘《わがまま》なかわ
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