も当時は観山さんが谷中の寺で、描いて居られた時分で、淡黄色の地に、蜻蛉と蛍草を白で抜いた。表紙は全く下村さんの意匠である。あの「夏くさ」と云ふ小文字なども大変古い物から抜いた物である。
『落梅集』は、中村さんにお願ひして、矢張骨折つて、古い瓦に梅の花をあしらつた、表紙でした。
 私は信州で小説を書く外に、外の四冊の詩集を一冊に纏めたいと思つた。其時から以前明治学院時代から知つて居た、和田英作さんが、丁度西洋から帰つたので、和田氏に頼んで、白に藍を配して斜に曲線の併行した図案を描いて貰つて、表紙にし、中に四枚だけ挿画を描いて貰つたが、殊に『若菜集』の中に挿んだ、柔らかい春の私語《さゝやき》とでも云ふ様な画は、大変宜く出来たが、石版にした故、再版から、すつかり壊れて、原画の面影が無くなつたと云うて宜い。此の『藤村詩集』の出た時は、私は信州に居つた故、余程和田君の趣味も表はれて好ましいと思ふ。
 此集はつい昨年の暮『改訂本』にして、小さい物にしたいと云ふので、原画を写真版にして入れたいと云うてゐたが、間《ひま》がなかつたので、表紙は和田さんの先の意匠を取つた。色は同じ薄緑の様な色のみの調子を
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