へを、極く大体に言へば、成る可く、かう貧しい、余り余裕のない人にも読んで貰ひたいといふ気持があるから、装釘などは質素にして、陰では色々の手数を掛けても、形に成る時は、成る可く簡単に、金の掛らぬ様な、皆の好みに合ふ様なものを造る。私の本は大抵仮表紙で、クロースの本などは一冊もない。一つは紙の表紙は色々変化も有つて面白いと思ふ。
古い所では、一番初め『若菜集』を出した時は中村不折君が、骨を折つて描いて呉れた。自分でも注文もしたが、不折君の自分の考へも入れて描かうと、朝なんぞ写生に出掛けて呉れたりした。中村さんの装釘は『若菜集』で、大分知られて来た様な形も有つた。中村さんは自分で挿絵も描いたが、その時分「日本新聞」にも描いて居たかと思ふが、本の装釘は私の詩集の処女作が、初めてで、不折君も処女作で有つたらうと思ふ。
『一葉舟』を次に出した、詩と散文を集めた物であれも中村さんに頼んだ、字なんぞも自分で書いて呉れた。
三番目の『夏草』は以前の美術院派の方々に御願をしたが、主に下村観山さんが担当して呉れた。菱田春草さんも「農夫」の画を描いて呉れた。横山大観さん、山田敬中さん抔も描いて呉れた。何で
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