った。それよりも彼は明るいところで互に顔の合せられる時まで待とうとした。「今後お目に掛れるのは何時《いつ》のことか、何年の後か」という意味の言葉が節子から来た手紙の中にも書いてあったが、その時こそ彼はほんとうに落着くところへ落着いた彼女を見たいと思い、今日の艱難《かんなん》と忍耐とを昔話にすることの出来るような彼女を見たいと思った。今は一切をそこへ投出したばかりの時だ。節子も、彼も、互に謹慎の意をあらわそうとしている時だ。長い将来のことを考えて、忍ぼうとする時だ。
岸本は節子を見ることは出来なかったが彼女の声を聞くことだけは出来た。「お節さんから電話でございます」と言って下宿の女中が取次いでくれる度《たび》に、岸本はよく電話口のところへ行って懐《なつ》かしい声を聞いた。「こちらは自働電話でございますから」という声が伝わって来てから、岸本は節子が町へ買物に出ることをも、夜だけそれが許されていることをも知った。彼女の意味は、遠慮なく話してくれても関《かま》わないというにあるらしかった。「お前の方はそうでも、俺《おれ》の方はそうは行かない」――その断りが一語《ひとこと》言えないような位置に立って、茶の間に居る宿の主婦《かみさん》から台所の方に働く女中等の聞いているところで、どうかすると電話口に近い宿の主人《あるじ》の部屋に集まって涼みがてらに将棋をさしている人達までが聞いているところで、岸本は節子からの折々の報告を受けたり、相談に答えたりした。
「叔父さんでいらっしゃいますか――」
ある晩、節子の声が復《ま》た掛って来た。
「なんですか、三晩も続けて叔父さんの夢を見たもんですから――あまり気になりましてね――どうかなすったんじゃないかと思いましてね――皆さんお変りもありませんか――」
と節子の方から訊《き》いた。
その時、岸本は彼女の話で台湾の民助兄が遠からず上京するということだけを確めた。尤《もっと》も、あの兄の用事の都合で、上京の日取は未だ定まらないとのことではあったが。
「そうか。いよいよ台湾の兄貴が出て来るかね」と岸本は言った。「お前も是非お願いするがいい――自分の方から進んでお供をするがいい――」
「私もそう思いまして――」と節子の声で。
「今度はそっちが旅に出掛ける番だね――」
それを岸本が言うと、しばらく聞かない節子の楽しい笑声が彼の耳に伝わって来た。
岸本は堅く閉《とざ》された大きな扉を隔てて、その内と外とで節子と言葉をかわすような思いをした。
電話が切れた後のシーンとした沈黙は谷中《やなか》の方の夏の夜へ、明るく電燈の点《つ》いた町中の自働電話室へ、その電話口に立つ節子の方へ岸本の心を誘った。
百二十八
八月の末まで待った。岸本は蔭ながら節子のことを心配しつづけて、未《ま》だ台湾から何とも言って来ないのかとその便《たよ》りを待遠しく思っていた。彼は節子から次のような手紙を受取った。
「今日はお父《とっ》さんも病院へお出掛けになりましたから、久しぶりでお二階の三畳でこれを書きます。私がこの部屋に居るのは何だかお邪魔のようでもあり、お父さんは居睡《いねむ》りしていらっしゃる時の外は何時でも暗誦《あんしょう》ですから、私の方でも思うようには出来ませんから、長い間ずっと階下《した》の四畳半で皆と一緒におります。この頃は私は人の知らない満足と隠れた誇りとに満ちた日々を送っております。私共はすでにすでに勝利者の位置にあることを感じますね。自分のベストを尽した時でなければ、心から満足を感ずることも出来ないのに、私の周囲にある人達はどうしてこう小さなことに一生懸命になったり悦《よろこ》んだり悲しんだりして、それでいながら根本の問題には触れようともしないのでしょう。近頃ほんとうに生き甲斐《がい》のある時を送ったと思いましたのは、お母《っか》さんの亡《な》くなった前後でございました。それから思い合せて下すっても、この頃の日々がどんなものかは想像して見て下さることが出来ましょう。お母さんが病院へ入ります前に、『お前がもし大病なような時でも、わたしにはこれだけのことはして進《あ》げられない』とよく言い言いしましたっけ。それにつけても、自分の直《す》ぐ隣に居る人達を愛したくていながら、愛することの出来ないのは悲しいものとぞんじます。思えば僅《わず》かに心の顔を合せることの出来ましたお母さんとの間は、どんな他の人との関係にも勝《まさ》って私の心に鮮《あざや》かでございますが、その母子の愛情ですら私どもの創作には比較にも成らないような気が致します。これほどの創作が肉体と共に滅びてしまうようなものとは、どうしても考えられません。『神もし選び給わば、死して後なおよく愛することを得べし』とか。あの異国の婦人の言葉を私はどんなに嬉しく感じましたでしょう。今は創作の豊富を願うの外には何もございません。風吹かば吹け、雨降らば降れ――死の上にすら超越せしものなるを。
――私の健康を御心配下さることは何もございません。少しぐらいな無理も、溢《あふ》るる希望の前には何でもございませんから……」
岸本は節子の心がここまで来たかと思い、何物にも蹂《ふ》みにじられまいとする彼女の愛情の頼もしさを思い、同時にこれほど激した手紙を書かせる彼女の境涯の切なさを思った。節子がユウモアのある心持の時と言えば、極く近く顔を寄せて、まるでたましいの奥まで見込むように眸《ひとみ》を合せることを好きでよくした。岸本はその節子の眸を見るような心持で、支那風《しなふう》の紅《あか》い紙箋《しせん》に鉛筆で書いてある彼女の心の消息を読んだ。
「つくづく年は取りたくないものだと思います。私はお婆さんに成りましても、苛酷《かこく》な心だけは持ちたくないと思います」
こんな嘆息したような言葉が節子の手紙の終の方に書き添えてあった。
百二十九
「オヤ、またおいそがしいところでしたかねえ」
と言って輝子が渋谷から岸本の下宿を見舞いに来た。一旦《いったん》眼前《めのまえ》の平和が破れてからは、岸本は一方に輝子を見ることも苦しく思い、一方には門を鎖《とざ》してあるも同様に引籠《ひきこも》り勝ちな今の身で、遽《にわか》に遠くなってしまったような親戚《しんせき》に逢うことを懐かしくも思った。
「どうだ、俺《おれ》はこの節こういうものを穿《は》いて毎日仕事をしてる」
と言いながら、岸本は山国の農夫の着ける紺木綿《こんもめん》のカルサンを着けたまま、自分で茶を入れに火鉢《ひばち》の側へ立って行った。
「東京でこんなカルサンなぞを穿いてる人はめったに無いね。奇を好むように思われるのも嫌《いや》だから、お客さまでもある時には大急ぎで脱いでしまう。まあお前だからこのままだ」と復《ま》た岸本が言った。
「いえ、よくお似合になりますよ――」と輝子は若い外交官の細君らしい調子で。
「そうお前のように言ったものでもない。ここの家の内儀《おかみ》さんなぞは東京の人で、こういうものを見たことも無かろう。いや、笑うにも、何にも。まるで茶番にでも出て来そうだなんて。しかし仕事着としては実に具合が好いね。夏はどうかと思ったが、割合にそう暑くない。俺のように坐って仕事をするものには蚊に喰《く》われなくて可《い》い。外国なんかへ行って帰って来ると、こういう好いもののあることが分るね」
こんな話をして笑う間は、岸本は兄から絶交された身をも忘れて輝子と対《むか》い合っていることが出来た。しかし輝子の話が一度谷中の方の噂《うわさ》なぞに触れかけると、岸本は笑えなかった。
「こないだお父《とっ》さんが一ちゃんを連れて渋谷へ見えましたっけ」と輝子は言った。「その時も節ちゃんの話が出ましたっけ。お父さんが私に、『お前も愛宕下へは行くな――言うことを聞かないと、お前まで勘当してしまうぞ』ッて、そう言うんですよ。私は私で考えがありますし、叔母さんの生きていらっしゃる中《うち》からお世話に成っといてお訪《たず》ねもしないなんてことは私には出来ない。お父さんが何と言ったってそんなことは関《かま》いません」
「一体、お前は俺の懺悔《ざんげ》が出ない中から節ちゃんのことを知ってたろうか」
「知ってました。お母《っか》さんも知ってましたし、私も知ってました。ホラ、私は一度|浦潮《ウラジオ》から帰っていたことがありましょう。節ちゃんが何処かへ行っていたことがありましょう。ひょいと戸棚《とだな》かなんか開けて、お母さんの許《ところ》へ来た節ちゃんの手紙を見ちまいました。何かの用で、叔父さんのことが書いてありました。あの時、私は知りました。その前から節ちゃんの居るところを誰も私には教えないんでしょう――おかしい、おかしいと思っていたんですよ」
こうした話をするように成っただけでも、いくらか輝子の心は解けて来た。妹の節子が今の祖母さん似なら、姉の輝子の方は何処か岸本兄弟を生んだ母親に似たところがあった。岸本の母親が何時でも人と人との間の調和者としてあったように、輝子もまた調和者として叔父の許へ尋ねて来たような口吻《くちぶり》を見せた。
百三十
「節ちゃんも悪いと思いますよ――」と輝子が言い出した。「もうすこし祖母さんやお父さんに済まなかったと思うと可《い》いんですけれど、ちっともそんな様子を見せないんですもの。何ですか、自分じゃ立派なことでもしてるような顔付をして、すこしも祖母さんやお父さんに悪かったとは思っていないようなんですもの――」
それを聞いて、岸本は節子のために何か言って見ようとしたが、「そりゃ節ちゃんだって悪かったとは思っている」ということと、「しかし節ちゃんは今自分の為《す》ることを決して悪いとは思っていない」ということと、その間には口で言えない領分があった。感じて貰《もら》うより外に仕方の無いような領分があった。岸本はある点までは輝子の言うことも聞いて見たいと思って、黙って煙草を燻《ふか》していた。
「ですから、お父さんもこないだそう言っていましたよ」と復《ま》た輝子が言った。「節ちゃんの様子と来たら、まるで洒蛙々々《しゃあしゃあ》してるなんて――」
「心持の違ったものの中に居ると、そう成るよ。どうして可いか解《わか》らなく成るよ」と岸本は言って見せた。「あんまりいろいろなことを言われて御覧、トボケてでもいるより外に仕方が無いからね」
今度は輝子の方が黙ってしまった。岸本は節子と父との隔りが、やがて自分と輝子との隔りであることを思わずにはいられなかった。彼はこんな風に輝子に言って見た。
「つまり、節ちゃんの心持がお父さんには解らないから仕方が無いサ」
「そうかも知れませんけれど、お父さんの心持も節ちゃんには解っていません」
「まあ、俺に言わせると、節ちゃんはお父さんに接近し過ぎたんだね。すくなくもお前よりは、節ちゃんの方がお父さんに接近して見た方だね。何だか節ちゃんもそんなことを言っていたよ。あの代筆をさせられるまでは、お父さんのことがそうよく解らなくって、反《かえ》って好かッたって……」
「一体、節ちゃんは叔父さんによく似てますね」
「そうかなあ……俺に似てるかなあ」
「何事でもこう物をひねって考えるようなところが、それはよく叔父さんに似てますよ。そういう人達が二人|揃《そろ》ってしまったんですから、どうにも仕様がない」
この輝子の調子が岸本を笑わせた。その時、岸本は嘆息するようにして、
「お前達は節ちゃんが地獄の方へでも歩いて行くように思っているんだろう。ところが節ちゃんは、自分じゃ極楽の方へ歩いてるつもりでいる――そんなに見当が違って来ているんだもの」
「何ですか知りませんけれど、少し普通じゃ有りませんのねえ」
こう言って、輝子はまた輝子で嘆息した。
岸本はもうこんな話をしたくなかった。節子のことにさえ触れなければ、輝子は気の置けない話好きな親戚であり、折々子供を見に来てくれるような温情のある人であった。「姉さんの来てあげるのが、そんな
前へ
次へ
全76ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング