じて光あるものとなすべき向上の努力こそわが切なる願いに候。
――おのが生きむとする道を宗教に択《えら》びたるは、一つは神を求むる心より、一つはかの歎《なげ》きの底より浮びたる時にあたり恐るべき世の冷《つめた》さに触れ、その悔悟も熱心も遂《つい》に多くの罪人等の自棄《じき》に陥る道に到るべきことを見出したるに外ならず候。宗教につきては、ここにはわが志を申上ぐるにとどめ申すべく候。
――右は意を尽さざるところ多けれども、これによりてわが心事の一端なりとも御斟酌《ごしんしゃく》下され候わんには幸《さいわい》にこれあり候」
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百二十
節子が父に宛《あ》てたという手紙を手にして見ると、いよいよ彼女の立場の明かに成ったことが岸本にもよく感じられた。強烈な威圧の力も結局小さなたましい一つをどうすることも出来ないということをも感じられた。岸本は彼女から自分の方へくれた手紙をも読返して見た。
「昨日、布施さんが見えまして、いよいよ本当にお断りいたしました。一昨々日姉が参りました時、まだお父さんはあの縁談に未練があったんでございましょう、祖母さんと姉にいろいろ相談しまして、二人から私にそれを言わせたんですよ。姉がその話のおしまいに、叔父さんとすっかり別れて自分|独《ひと》りでやるというものか、それとも今までのようにして自分の仕事をするというものか、それを聞かなければお父さんに返事が出来ないと言うんですよ。それから私が、何年|逢《あ》わないでいてもそんなことは関《かま》わない、精神《こころ》の上からは叔父さんに別れるなんてことは出来ないってそう言ったんですよ。それを姉がお父さんに話したんでしょう。そうしまして、私がお父さんの前へ御辞儀に行きましたら、何とも言わないで長い間黙っていらっしゃるものですから、姉が何か言うことは有りませんかッてお父さんに言いましたら、俺《おれ》は呆《あき》れて物が言えない、人間だと思えばこそ話しもするがそんな禽獣《きんじゅう》には何も言うことは無い、彼等は禽獣に等しいものだ、蠅《はえ》なんて奴は高貴な人の前でも戯れるようなものだ、そんなものと真人間《まにんげん》と一緒にされて堪《たま》るものかなんて、それからも随分激しい調子でいろいろ仰《おっしゃ》ったんですよ。姉が、そんなに御自分のことばかり仰っても、節ちゃんの方のことも聞いてやらなくちゃ、私が聞いてもその通りには話せませんから節ちゃんに書いて貰《もら》うことにしましょう、それを私がお父さんに読んであげましょうッて言いましたのよ。お父さんはそれを聞きましてね、鸚鵡《おうむ》や鸚哥《いんこ》なんて奴はよくしゃべるから、迷い言の百万遍くりかえしても俺の耳には入らないが、禽獣のしゃべるのを一つ聞いてやろう、人間の顔をした禽獣のことだから何か物も書くだろう、一つ禽獣の書いたものを見てやろうと仰るんですよ。とても何を書いても解《わか》って貰えようは無いとは思いました。けれども自分の考えだけは一応明かにして置きたいと思いましたので、別紙のようなものを昨晩書きました。今日にも姉が参りましたら、読んで貰いましょうと思っております。毎日何かにつけて、そんなことを言われますけれど、この節は腹など立たなくなりました。自分をうつ鞭《むち》とも考えまして、はっきりした心持で一心に勉強したり家事を手伝ったりしております。つくづく『創作』の力を思います。それにしてもお父さんの気象として、何でも御自分の意のままに成ると考え、無理にもまたそうしなければ気のすまないところから、思いのままならぬ嘆息を僅《わず》かに禽獣と見て慰めていらっしゃるかと思いますと、お気の毒のようにもぞんじます。おん身御大切に。もうすこしで遠い旅からお帰りになった日も復《ま》た参りますね」
節子がこれを書いてよこしたのは六月の下旬だ。どうせ一度はこういう時が来る、岸本は節子のことを思いやった。そこから本当の進路が開ける、彼女が心のどん底を父に打明けただけでも、それだけでも既に彼女は明るみへ出られたのだとも思いやった。岸本はつくづく「創作」の力を思うという彼女を想像し、誰一人理解するもののない彼女の周囲を想像し、親の心に背《そむ》いても生きて出ようとするものの涙の多い朝晩を想像した。
百二十一
「お前は恐ろしいことをしてくれた。黙って置きさえすれば最早知れずに済むことではないか。黙って置きさえすればお前は好い親戚《しんせき》として通り、好い叔父さんとして通っているではないか」
こういう声が来て絶えず岸本の耳の辺《ほとり》にささやいた。
真実の曝露《ばくろ》ということは弟の方から進んで受けようとした勘当ぐらいの程度に止まらないで、兄の方から宣告でも下したような義絶にまで導いた。それはまた、親の計画を齟齬《そご》させ、娘を親から反《そむ》かせ、混雑と狼狽《ろうばい》とを親戚の間に蒔《ま》き散らした。岸本が自分の生活を根から覆《くつがえ》そうとして掛ったことは、今更眼に見えない牢屋《ろうや》なぞを出られて堪《たま》るものかというものをも、嘘《うそ》を嘘として置いて貰わないことには周囲《はた》で迷惑だというものをも、そういうものまでも一緒に覆してしまった。
しかし岸本はもっと広い自由な世界をめがけて脇目《わきめ》もふらずに急ごうとした。仮令《たとえ》親戚から離れ、人から爪弾《つまはじ》きせられ、全く自分一人に生きなければ成らないような時が来ようとも、彼としてはそれも已《や》むを得なかった。七月に入る頃までには、彼は海の外へ逃《のが》れようとした旅の動機から、暗夜に神戸の港を離れて行く外国船の中の客となったまでの事実を世間に発表した。過ぐる年月の間の最も心の暗かった時のことが、一日々々と曝露されて行った。長いこと彼の身に附纏《つきまと》った秘密の影、葬ろう葬ろうとして到底葬り得なかった過去の罪過――彼はそれらの暗いものと共に倒れて行く自己《おのれ》を見るような傷《いた》ましい心持に満たされた。
節子が愛宕下へ通って来る道も最早絶え果てた。岸本は彼女への月々の仕送りも見合せ、手紙を書くことも見合せ、ただただ引籠《ひきこも》り勝ちに謹慎の意をあらわしていた。でも節子の方からはよく手紙をよこした。彼女は折々の消息を岸本に伝えることを怠らなかった。この間父に宛てて書いたものを姉が来た時に読んで貰ったと彼女は書いてよこした。その時も二階から聞える父の大きな声が自分をハラハラさせるほどであったが、結局姉を通して、「今に俺が考えて置く」という父の返事であったと書いてよこした。父は嫌《いや》な顔をしていることもあるが、どうかするとすっかり馬鹿にでも成ったように自分を見ている時もあると書いてよこした。父から叔父さんへ送った返事のことも姉から聞いて、仕方の無い自然の成行《なりゆき》と思うと書いてよこした。しかし今までの苦しいことも、悲しいことも、何一つ無駄になったものの無いことを思えば、今度のような出来事からもいろいろと物を考えさせられて、反《かえ》って自分に取っては静かにはっきりとした心持で勉強の出来る時を与えられたような気がすると書いてよこした。彼女はまた、今後お目に掛れるのは何時《いつ》のことか、何年の後かと書いてよこした。その時になって叔父さんに自分を見て貰うのが何よりの楽しみだと書いてよこした。自分は毎日神に祈るようになったと書いてよこした。
百二十二
「お節さんはどうなすったんですか。この節はさっぱりお見えに成りませんねえ」
母屋《おもや》の台所の方から膳《ぜん》を運んで来た女中がそれを岸本に言った。丁度昼飯時で、三人の子供は学校の方へ弁当を持って行っていた。女中は岸本の膳だけを離座敷《はなれ》に置いて、
「お子さん方の着物の綻《ほころ》びでもありましたら、ずんずんお出しなすって下さい。手はいくらも御座いますから」
という言葉を残して置いて母屋の方へ引返して行った。
岸本に取っては帰国当時の季節を思い出させるような七月らしい雨の来た日であった。その時になって見ると、彼はこの下宿に一番長く泊っている客で、一年ばかり離座敷で暮すうちには女中等の顔までも変って来た。例のように彼は部屋の茶戸棚《ちゃとだな》の側に陣取って膳に対《むか》って見た。懺悔《ざんげ》を書き始めてから以来《このかた》閉居する身には庭の草木も眼についた。夏らしい涼しい雨は開けひろげた障子の外に見える青桐《あおぎり》の幹をも伝って流れていた。縁先に立つ古く細い松の根、苔《こけ》の生《は》えた庭石、青々とした笹《ささ》の葉、皆|濡《ぬ》れて見えた。彼は飯櫃《めしびつ》を自分の方へ引寄せて、手盛りでノンキにやった。その部屋から雨を眺《なが》めながら独りで飯を食った。
節子がこの下宿へ仕事の手伝いに通って来た日のことは、最早静かなところで想い起して見る昨日のことであった。岸本は未だこの庭へ鶯《うぐいす》が来てさかんに鳴いていた頃に節子が一度病院から訪《たず》ねて来たことを想い出し、嫂《あによめ》が亡《な》くなってから十日ばかり経《た》った頃に彼女がひどく疲れてやって来たことをも想い出した。四月の末には彼女はリリスの花を一鉢《ひとはち》持って来て置いて行ったこともあった。五月に入っても未だ彼女は通って来ていて、その月の末までは顔を見せた。ほんとに好い事があるから頼みつけの米屋へ電話を掛けてくれ、そうしたらお伺いする、何も何もお目に掛った上でという意味の手紙をよこした翌日、彼女はやって来た。彼女のいう「ほんとに好い事」とは、例の女医から自分の子供の写真を手に入れたと言って、それを岸本の許へ見せに持って来たのであった。その時、岸本は初めて親夫という子供の姿を見た。それを節子と一緒に見た。その子供のおもざしは母親によく似ていて、殊《こと》に眼付なぞは節子にそっくりで、幼い遊び友達と二人で写真に撮《と》れていた。「お前はもう子供を欲しいとは思わないか」そんな串談《じょうだん》の中にも、岸本は節子の独身で居るのを憫《あわれ》む心から言って見た時、彼女は首を振って、「もう沢山、このうえ子供があったら私は死んでしまいますよ」と真面目顔《まじめがお》に答えたこともあった。それが彼女の通って来た最後の時であった。
食後に、岸本は節子から預かって置いた子供の写真を取出しに行って見た。罪のない幼いものの存在が今はハッキリと岸本の父らしい意識に上るように成った。
百二十三
庭先にふりそそぐ雨の音を聴《き》きながら、岸本は更に思いつづけた。沈まって行った情熱を静かなところで想い起して見ると、実にいろいろなことがその中から出て来た。
二階がある。窓がある。障子がある。障子の外は直《す》ぐ物干場につづいて、近くの町の屋根も見える。遠く小高い崖《がけ》の地勢に立つ雑木林の一部も見える。郊外らしい空もそこから望まれる。その窓際《まどぎわ》に身をよせて、譬《たと》えようのない不安に沈んだ人のようにしょんぼり窓の外を眺めている女がある。この二階が以前の高輪《たかなわ》の家の近くに岸本の仮の書斎としてあったところだ。この女が節子だ。
その時ほど岸本は自分の弱いことを感じたことは無かったことを思い出した。何故というに、三年の旅の修業が実際何の役に立つかと自分ながら疑われて来たのも、その時であったから。節子が二度母にならないとも限らないような心配らしい口吻《くちぶり》を泄《も》らしたのも、その時であったから。人の経験というものの力なさがその時ほど彼を嘆息させたことも無かった。あれほど死に損《そこ》なうような苦い思いを一度経験しながら――あれほど寂しい流浪《さすらい》の旅に行って異郷の客舎の床《ゆか》の上に跪《ひざまず》き、冷い板敷に額を押宛てるまでにして、男泣きに泣いても足りないほどの痛苦を一度経験しながら――その経験が少しも彼の頼みにはならなかった。彼は新たに同じ事を悲まねば成らないような位
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