。お前のようにそう気にするところが、そこがお前の性分だ。そこがお前のように学問にでも凝ろうというところだ。そりゃ俺だって、お前の心情を汲《く》まんでは無い。お前が神戸を立つ時にも書けなかった手紙を香港《ホンコン》の船の中で俺の許《ところ》へ書いてよこしたという心持は、俺にも解ってる。その心持が解ればこそ、俺はお前の不始末を引受けた。お前がまた仏蘭西《フランス》から帰って来た時に、出迎えの人を一切断って、独《ひと》りでポツンと品川へ着いたなんてことも、俺はちゃんと見てる。そりゃ、まあ、不始末と言えば不始末だが、お前のようにそう気にするなんてことが俺なぞから見れば可笑しい。誰にだってこんなことは有る――みんな似たようなことをやってる――こんなことぐらいが一体、何だ」

        百十四

 うんと一つ弟の油を絞って置こうというような兄と、甘んじて兄の非難を受けようとして頭を垂れたまま言葉も少く聞いている弟と、この二人が対《むか》い合って坐っていた。何とも知れない戦慄《せんりつ》が身体へ伝わって来る度《たび》に、岸本は自分ながら顔色の蒼《あお》ざめ変るのを覚えた。そればかりでなく、遠廻しに触《さわ》られても痛いような自分の弱点を自分からそこへ持出そうとしている平素にない岸本の態度が、相手の義雄に不審を抱かせるように成った。
 義雄は、ついぞこの事のために死を決したこともあるなぞと言出したためしの無い岸本の顔を不思議そうに眺《なが》めて、
「何しろ俺は、学問に於《お》いてはお前に及ばないかも知れないが、しかし人間として見たらお前なぞよりも遙《はる》かに高いところにあるつもりだ。そりゃ俺の方がずっと上手《うわて》だ。何処《どこ》を押せばどういう音《ね》が出るぐらいの活《い》きた人生哲学は可成《かなり》修業をつんでる。何かお前も思案に困ることがあったら、俺の許《ところ》へ相談に来いよ。お前のように独りで考え込んでしまって、下手なことをしちゃ不可《いかん》ぜ――そんなら、今日はこれで帰る」
 と言って義雄は起《た》ちかけた。
 岸本は手を揉《も》み揉み兄を見送ろうとして一緒に次の部屋まで出た。
「もう時刻ですから、昼食《おひる》でも進《あ》げると可いんですが――」
 と言う岸本の方を義雄は未だ全快とまでは行かない眼で幾度となくよく見るようにして、「こりゃ愛宕下の方も変だわい、ここにも何か間違いでも起りそうだわい」と言ったように見返り見返りした。ひょっとすると、当分これぎり兄を見る時がないかも知れない。この考えが閃《ひらめ》くように岸本の頭脳《あたま》へ来た。彼は誰を相手に言葉の上の争いをしようでは無かった。唯自分を投出そうとしていた。そして一切を生命《いのち》の趨《おもむ》くままに委《ゆだ》ねようとしていた。その前途の不安を胸に持って、彼は兄が別れを告げて行った後まで長いこと廊下のところに立ちつくした。
 それから数日の後、岸本が節子のことを案じ暮しているところへ彼女から手紙が届いた。それによって岸本は節子の一度は遭遇しなければ成らないような時機が到頭彼女の上にやって来たことを知った。彼女は前にも一度あった縁談を復《ま》た布施さんから持出したことから始めて、布施さんがその話をして帰った後では父はもうすっかりその気に成っていたということを書いてよこした。自分へは祖母さんからその話があったが、堅く断ったと書いてよこした。それが父の意にさからって、今更そんな下手な哲学者の悟《さとり》を開いたようなことが言えるかという烈《はげ》しい父の言葉の末に、嫁にも行かないようなものは不具の外には無い、不具のようなものは養う義理も無い、最早《もはや》親でもなく子でもない、今直ぐ出て行けというような話があったと書いてよこした。自分はこれ程お願いしても聞かれないのかと言出して見たところ、勿論《もちろん》と大きく叱《しか》られ、いっそ家を出てしまおうと思い、御|挨拶《あいさつ》して父の前を退《の》こうとした時、待て、そこへ坐れと言われて、復たさんざん種々《いろいろ》な話があったと書いてよこした。その晩はそのままになって、翌日叔父さんの許から父の帰って来る頃には中根の姉も電話で呼びよせられ、父と姉との間にいろいろな話が出たと書いてよこした。そして姉を通して、無理には勧めないというだけの父の答を聞いたが、この間に立って皆を言い宥《なだ》めたのは祖母さんであったと書いてよこした。一旦《いったん》家を出てしまおうと思った時、叔父さんの手紙だのその他種々なものは一ト纏《まと》めにしたが、未だそのままにしてあるとも書いてよこした。最後まで忍ぶものは救わるべし、自分は今可成張りつめた心でいられるとも書いてよこした。

        百十五

 岸本の書き溜《た》めて置いた懺悔《ざんげ》の稿はポツポツ世間へ発表されて行った。岸本と節子との最初の関係は早や多くの人の知るところと成った。かねて自分の身に集まる嘲笑《ちょうしょう》と非難とは岸本の期していたことで、それがまた彼の受くべき当然の応報《むくい》であった。
 下宿にある岸本は当分客を謝《ことわ》るようにして、殆《ほと》んど誰にも逢《あ》わずに屏居《へいきょ》の日を送っていた。五月の下旬になった頃であった。この岸本のところへ女中の案内もなしに勝手を知った節子の姉が用事ありげに訪《たず》ねて来た。
「ごめん下さいまし」
 という輝子の声を聞いたばかりでも、岸本にはもう秘密をブチマケた後の特別な心持が先に立った。
「泉ちゃんも繁ちゃんも学校ですか。君ちゃんもこの節はお弁当ですか――」
 こんな子供の噂《うわさ》は前置で、輝子は自分の言いに来たことを言出しかねて、話のハズミを捉《とら》えようとしているという風に見えた。気まずい思いのする時がしばらく岸本の方にも続いた。
「叔父さんは私が何に上りましたか、お解《わか》りでしょう」
 到頭輝子はこんな風に、改まった調子で切出した。
「俺《おれ》の書いたものを読んで見たかね」と岸本は言った。
「拝見いたしました。実に驚いてしまいました。まさかあんなことをお書きに成ろうとは思いませんでした――誰だって叔父さんの為に惜まないものは有りません」
「…………」
「生憎《あいにく》また私の御懇意に願ってるような家では皆あれを読んでます。何だか、おかしいおかしいと思ってるうちに、ポカッとあんなことが出てしまった……私にそれを見ろッて、ある家の奥さんが出して下すった時は、丁度また節ちゃんのことが出ている時じゃありませんか」
「しかし俺だって、相応に覚悟して掛ったことだ」
「そりゃ誰方《どなた》だってもそう言いますサ。よくよく考えた上でなければこんなことは書けないッて。叔父さんは御自分で為《な》すったことを御自分でお書きなさるんですから、それでも好いかも知れませんが、唯《ただ》妹さんが可哀そうだッて――何処《どこ》へ私が伺ってもそれを言われます。ほんとにあんなことをお書きになって、節ちゃんをどうして下さいます」
「でも節ちゃんは承知なんだ。節ちゃんの承諾を得た上で、俺はあれを発表した」
「そりゃ、まあそうかも知れませんけれど――もう少しどうにか成らないものですかねえ。あるところの旦那《だんな》さんなんかも仰《おっしゃ》るには、これじゃ妹さんが可哀そうだ、何とか成らないものだろうかッて。『夢だった』とでもする訳には行かないものかッて、そこの旦那さんも仰るんですよ」
「そうお前達に心配を掛けて、それは俺も済まないと思う。しかし、誰が迷惑するッて言ったって、一番迷惑するのは俺じゃないか」
「何しろ当人の叔父さんがそれをお書きなさるものを側《はた》でどうすることも出来ないようなものですけれど……ああいうことをお出しになって、人は何と思うでしょうねえ。これは実際のことだと思って読むでしょうか。それとも作り話だと思うでしょうか」
「それは俺にも解らないサ。こういう人生もあると思って読んでくれる人もあるだろうサ」
「まあ、人の噂も七十五日ッて言いますから、今に何処かへ消えちまう時もまいりましょう――もうこんな話は止《よ》しましょう」
 輝子は嘆息するように言って、襦袢《じゅばん》の袖《そで》で涙を拭《ふ》いた。この輝子の前に、岸本は自分の書いたものをよく読んで見てくれというより他の挨拶《あいさつ》の仕様も無かった。

        百十六

 幾度か岸本は義雄兄に宛《あ》てた手紙を書こうとして、その度《たび》に筆を捨てては嘆息した。兄の心に背《そむ》いても懺悔を公にしかけた彼は、どうしても黙って置く訳には行かなかった。一方にはその責《せめ》を負い、一方にはしばらく兄に別れを告げるつもりで、机に対《むか》って紙をひろげて見た。とても彼はその書きにくい手紙に自分の思うことの十が一をも言いあらわすことは出来なかった。もともと自分は大兄をはじめ、亡《な》くなった姉さんの御咎《おとが》めを受けるつもりで遠い旅から帰って来たものである、それにも関《かかわ》らず平然として今日に到ったと書いた。かく御厚志に甘えることを次第に心苦しく思うように成った自分は、むしろ御咎めを受くるこそ自分の本意であると思い立ち、自分の為《し》たことを皆の前に白状しようと決心したと書いた。今こそ大兄から自分を責めて貰《もら》える時が来たと書いた。相応に古い歴史のある岸本一門の名誉のためという御話もあったが、そのために自分の失敗を塗りかくすことも、長い間の隠蔽《いんぺい》の苦しみを忍ぶことも、自分に取っては耐えられなくなって来たと書いた。多くの美徳を具《そな》えた人達を祖先に持った岸本の家の子孫に自分のような不都合なものの生れて来たことは、祖先を辱《はずかし》める次第であるが、しかし自分の不都合を責めて貰うということが反《かえ》って祖先の徳をあらわすことであろうと思うと書いた。曾《かつ》て遠い異郷に赴《おもむ》こうとする時、失礼な手紙を残して置いて旅に上った自分は、今またこんな手紙を大兄に宛てて送ることを悲しむと書いた。これも自分としては已《や》むを得ないと書いた。種々な心の経験は自分をしてここに到らしめたと書いた。自分は自ら進んで大兄の勘当を受ける心でこの手紙を認《したた》めると書いた。自分の公にする懺悔は自ら鞭《むち》うとうとする心から出たものではあるが、節子がその過《あやま》ちの対象である以上、彼女に迷惑を及ぼさないとは言えないと書いた。しかし、大兄はじめ一時は自分のこの行為《おこない》を迷惑に感ぜらるるとも、ずっと後になって見てあるいは節子のためにも好かったと思われる時があろうかと考えると書いた。では、しばらくお目に掛ることの叶《かな》わぬものが、ここにお別れを告げると書いた。今日までいろいろとお世話に成ったことを忘れる自分ではないと書いた。祖母さんはじめ、皆々様|御機嫌《ごきげん》よくと書いた。義雄大兄、捨吉拝と書いた。猶々《なおなお》、泉太繁等は時々お訪ねすることがあろうと思うが、それだけは御許しを願って置くと書いた。岸本はこれを書いてホッと息を吐《つ》いた。この手紙は谷中宛に郵便で出すことにしたが、これが義雄兄の手に届く時は、しばらく節子にも別れを告げる時だと思った。彼女の修業の上から言っても、岸本はそれを彼女のために好いと考えた。彼は一切を節子の自由に任せようとした。今日まで節子を導いて来た彼女の生命《いのち》は明日も彼女を導くであろうと信じたからで。

        百十七

 谷中《やなか》の家を中心にした親戚《しんせき》との衝突は最早避けがたく思われて来た。それにしても岸本は節子の位置をハッキリさせて置きたいと思い、更に義雄兄に宛《あ》てて前に送ったよりは一層書きにくい手紙を書きに掛った。
 この手紙は大兄に宛てたものではあるが、輝子に持参して貰うためわざと渋谷の方へ送る、と岸本は書き出した。何卒《なにとぞ》輝子に読ませて聞いて頂きたいと書いた。自分は大兄に節子のことをよく知って頂きたいためばかりでなく、輝子にも
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