アうした心持が続いているところへ、かねて帰国の噂のあった節子の姉がいよいよ夫と共に引揚げて来ることを岸本は露領の方からの便りで知った。輝子夫婦は二人ある子供を連れて十月に入ってから東京に着いた。

        九十七

 幾年|振《ぶり》かで輝子夫婦が叔父に逢いに来ようという日には、谷中の義雄の方からも一緒に岸本の宿に集まろうという前触《まえぶれ》があった。義雄は節子を連れて輝子達より一歩《ひとあし》先に愛宕下へ来た。
 輝子の夫――岸本から言えば義理ある甥《おい》にあたる中根は曾て露都に遊学したこともある人で、もう長いこと露西亜《ロシア》の生活に浸って来た少壮な官吏であった。岸本が仏蘭西《フランス》の旅を終って、アーヴルの港を辞し去ろうとした当時、南|阿弗利加《アフリカ》を廻って国の方へ帰って行く船旅を択《えら》ぼうか、それとも英吉利《イギリス》から北海を越え北|欧羅巴《ヨーロッパ》の方を廻って西伯利亜《シベリア》経由で帰って行く汽車旅を択ぼうかとさんざん思い迷ったことがあったが、その後者の方を択ぼうとした旅の心の中には遠く露領の果に中根夫婦を訪《たず》ね、ある人が「小鳥の巣」に譬《たと》えた楽しげな家庭を見、サモワアルで温めた露西亜の茶でも馳走《ちそう》になって、旅の疲れを忘れて行きたいと思う楽みがあったからで。岸本はそんな旅の心持を胸に浮べながら、二人の子供を引連れて来た輝子を迎えた。
「泉ちゃんも、繁ちゃんも、大きくなりましたね」
 輝子は先《ま》ずそれを言って、浦潮《ウラジオ》仕込の旅の服を着た自分の子供を離座敷《はなれ》の片隅《かたすみ》に立たせ、年少《としした》の女の児の冠《かぶ》っていた赤い帽子なぞを脱がせてやった。「浦潮の姉さん」と言えば、以前の高輪の家の方へお産のために帰国したこともあるので、泉太や繁に取ってもこの再会は一層嬉しげであった。岸本の子供等は露領の方から来た幼い人達の側に集まって、その服装を見るさえめずらしそうにしていた。
「節ちゃん達の方が先に成りましたね」
 と輝子は姉らしい言葉を節子に掛けて置いて、それから岸本のところへ子供を連れて挨拶《あいさつ》に来た。
「まあ、これで私も安心しました――久しぶりで叔父さんにもお目に掛れて」
 と輝子は浦潮からの旅の空を思い出し顔に言った。
 そのうちに中根も見えた。中根は一番|後《おく》れてやって来て、義雄の居るところで岸本とも一緒に成った。
「叔父さんには私は浅草でお目に掛ったぎりです。私も今度は七年目で日本の土を踏んで見ました」
 この中根の帰朝者らしい調子が岸本の耳には懐《なつ》かしかった。輝子はまた、
「仏蘭西からお帰りの時は、お寄り下さるかと思って、随分お待ち申しました」
 と旅の土産《みやげ》なぞをそこへ取出しながら言った。一つ一つを模様のついた紙にひねった菓子、表紙の意匠からして特色のあるお伽噺《とぎばなし》の本、いずれも露西亜の香《におい》のしないものはなかった。見るもの聞くものは忘れがたい帰国の日のことを岸本の胸に喚起《よびおこ》させた。
「節ちゃん、お前にはお茶番を頼んだぜ」
 と岸本は節子に言って、この珍客を款待《もてな》そうとした。彼はあの独りで悄然《しょうぜん》と高輪《たかなわ》の家の門口に立った時の帰朝者としての自分の姿を眼前《めのまえ》にある中根夫婦に思い比べずにはいられなかった。土産一つ出すにも、彼は「どうぞお貰い下さい」という調子で、兄夫婦や兄の子供の前に差出したものだ。中根夫婦が今、「これを進《あ》げます」と言ったように、泉太や繁に旅の土産を分つのに比べたら、何という相違だろうと思った。

        九十八

 夕飯まで離座敷《はなれ》に集まった親戚《しんせき》のものは、大人も、子供も、互に楽しい時を送った。二人ある輝子の子供のうちで、兄の子供の方は賢《さとし》と言い、妹の方は毬子《まりこ》と言ったが、毬子は賢ほど人見知りをしなかった。その毬子は直《す》ぐ泉太や繁の側へ行って子供らしい遊戯の仲間入をしている。賢は用心深く中根の側にばかり居て、「賢さん、賢さん」と岸本の子供に呼ばれても父親から離れようとはしなかったが、そのうちに飛出して行って繁を相手に相撲《すもう》なぞを取り始める。その光景《ありさま》を眺《なが》めながら中根は露西亜《ロシア》の旅の話に余念が無かった。義雄は部屋の片隅《かたすみ》に節子を呼んで親類|宛《あて》の手紙の代筆なぞをさせていたし、輝子は物書く妹の側へ覗《のぞ》きに行ったり子供等の側へ寄ったりして、叔父の下宿を見るのもめずらしそうに二つ続いた部屋の内を往《い》ったり来たりした。
「浅草の方にあった時計も掛っていますね」
 と輝子は言った。
 岸本の部屋の壁の上には古い柱時計があった。浅草から高輪へ移され、高輪から愛宕下《あたごした》へ移された八角形の時計は未だ振子の音を止めないで、園子の達者であった時代と同じように時を刻んでいた。その変らずにある時計の面《おもて》までが、遠く離れていた親戚の復《ま》た一緒に成れる時の来たことを祝うかのように見えた。
 夕飯には岸本は中根夫婦の帰朝を祝う意《こころ》ばかりに一同へ鳥の肉を振舞うことにした。女中は母屋《おもや》の方から食卓だの、食器だの、焼鍋《やきなべ》だの、火を入れた焜炉《こんろ》だのを順に運んで来た。やがてかしわの肉を盛った大きな皿までがそこへ揃《そろ》った。
「節ちゃん、この肉はお前に頼もう」
 と岸本が節子の前に立って言うと、そこへ輝子も来て、
「じゃ、ここは節ちゃんと私と二人で引受けましょう」
 と言って手伝い始めた。
 節子はすでに焜炉の前に坐っていた。熱くなった鍋に鳥の脂肪《あぶら》の溶けて行く音を聞きつけて、四人の子供は思い思いに食卓の周囲《まわり》に坐ろうとした。
「もう少し待って下さい。出来ると直ぐに呼びますからね」
 と輝子は手を振って子供等を制するようにした。
「節ちゃん、お父《とっ》さんは何処《どこ》にしましょう」と復た輝子が妹の方を見て言った。「お父さんにはお皿につけて進《あ》げる方が好いわねえ。それじゃお父さんにここへ坐って頂いて、それから順に子供に並んで貰《もら》いましょうか」
「この台が少し狭いのねえ」と節子が言った。
「もし台が狭かったら、俺《おれ》だけは別に膳《ぜん》にしても可《い》いぜ」と主人役の岸本は一寸《ちょっと》そこへ差図《さしず》しに行った。
「じゃ。そうして頂きましょうか」と輝子が言った。「節ちゃんと私とがこの角へ坐りましょう。お鍋を一つ台の上に載せましょう。煮ながら頂きましょう」
「叔父さん、もうそろそろ坐って頂いてもようござんすよ」と節子は岸本を見て言った。
 この準備が出来たので、岸本は義雄と中根の居る部屋の方へ行って、
「義雄さん、なんにも有りませんが、どうぞいらしって下さい。さあ中根さんも、どうぞ」
 と言い入れた。

        九十九

 二つの焜炉に掛けた鍋の中の脂肪《あぶら》はふつふつと沸き立った。柔かそうに煮えた葱《ねぎ》や、色の変って来た鳥の肉からはさかんに気《いき》が立って、うまそうな香気《におい》を周囲に蒔《ま》き散らした。
「お父さんは私の側へお坐り下さい」
 と輝子に言われて、義雄は自慢な婿や姉娘の帰国に眼の不自由も忘れているかのように見えた。
「お鍋がすこし遠方ですから、お父さんには取って進《あ》げますよ」と輝子はその場を取做《とりな》すように言った。
「ようし」と言いながら、義雄は眼病以来の癖のように一寸食器を手でさぐって、それを自分の方へ引寄せた。
「さあ、中根さん」と岸本は輝子と差向いに食卓に就《つ》いた中根の方を見て言った。「今日は鳥の御馳走《ごちそう》にしました――外国からお帰りになると、反《かえ》ってこういうものの方が好かろうと思いましてね」
「久し振で皆さんと御一緒に頂きますかナ」と言って洋服のままかしこまる中根の膝《ひざ》も痛そうであった。
 岸本の子供等は父から声の掛るのを待受け顔であった。その側には父親似の眼付をした賢や、赤いリボンを髪にかけてニコニコした毬子が小鳥のように並んだ。
「賢さん、鳥は好き?」と泉太が訊《き》いた。
「好き」と賢が答えた。
「僕もこれが大好きサ」と復《ま》た泉太が言った。
「頂きます」と繁は早や兄よりも先に箸《はし》を執りあげた。
 楽しい食事の音がそこにもここにも起った。食卓の周囲《まわり》に集まる親戚のものは熱い葱を噛《か》み、鳥の肉を噛むのに余念も無かった。
「義雄さんにお替りをして進《あ》げとくれ」と岸本は肉の片を頬張《ほおば》りながら輝子に言った。
「さあ、お替えなすって。ずんずん煮えますから」と輝子は隣の方へ手を出して見せた。
「節ちゃん、お前もお上りよ」こう岸本は節子にも言って、皿にある薄赤い鳥の生肉を順に鍋の方へと移した。取替《とっか》え引替《ひっか》え子供等のお替りで、煮ながら食うものはいそがしかった。
「お節ちゃん、葱を入れないで下さい」
「僕には蒟蒻《こんにゃく》ばかり」
 こんな註文《ちゅうもん》が遠慮なく煮方の方へやって来た。
「中根さん、もっと召上って下さいませんか」
 と岸本に言われても、中根は時々膝の上に箸を休めて、食うことよりも寧《むし》ろこの大人や子供の親しいものが一緒に集まった光景《ありさま》を楽むかのように見えた。
 やがて一同は夕飯を終った。満腹した人達は食卓を離れて、思い思いのところに寛《くつろ》いだ。
「叔父さん、いずれすこし落着きましたら露西亜のお茶でも入れますから、私共へもいらしって頂きましょう」
「サモワアルも今度来る時に持って来ましたよ。あれでお茶を沸かすと、それはおいしいんですよ」
 中根夫婦がかわるがわる話しかける話声も何となく岸本の下宿を賑《にぎや》かにした。
 再会した親戚のもの同志が互の異郷の旅の話は一晩で尽くすべくもなかった。中根夫婦は渋谷の方に見つけた新しい住居《すまい》へ、義雄と節子とは谷中へ、いずれも礼を言って立ちかけるのを岸本は泉太や繁と一緒に玄関まで見送った。兄、義理ある甥、姉妹《きょうだい》の姪《めい》、甥子《おいご》、それから姪子――それらの人達が一団として残して置いて行った空気は、皆帰って行った後に成っても妙に強い力で岸本の心を圧した。つくづく岸本は自分の現状を打破することの難《むずかし》いのを思った。

        百

「父さん――お節ちゃんは僕等の第二の母さん?」
 とある日、泉太が父の側《そば》へ来て訊《き》いた。
 岸本はこの問を出した子供の顔を見まもった。「どうしてお前はそんなことを訊く。誰かにそんなことを言われて来たのかい」
「だって、姉《ねえ》やが僕に訊くんだもの」
 と言って泉太は困ったような顔をした。
「お前達には母さんは一人しか無いじゃないか」
 と岸本は泉太を言いなだめたが、しかしこの子供の訊く「第二の母さん?」は、誰にそんなことを訊かれたよりも強く岸本の胸に徹《こた》えた。
 泉太は最早《もう》この下宿から小学校の一番上の組に通うほどの少年であった。時々岸本は子供の顔を見ているうちに、父の仕事の手伝いとして通って来る節子がいかに泉太等の眼に映り、いかに少年の日の記憶として後まで残るであろうということを考えて、それを自分の幼かった時の記憶に結びつけて思い比べないではなかった。節子が一番心配しているのもこの泉太等のことだ。「泉ちゃん達の大きく成った日のことも考えて見なければ成りませんからねえ」とか、「泉ちゃん達が大きく成ったらどう思うでしょうねえ」とかは、そもそも岸本が節子に心を許した頃に彼女の口から聞いた言葉だ。この子供が大きくなって皆の読むものでも読んで見ようという日に、もし父の書いた愚しい書物なぞを開けて見たとしたら――もしその中に父と節子との関係を読んだとしたら――もし彼等の知らなかった腹違いの弟が一人この世に生きていることを発見したとしたら――それを思うと岸本は誰に隠そうと
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