ヘ愛子|宛《あて》に出した。もし愛子の学友が自分の過去を知ったなら、断ってくれて反って可《よ》かったと思うであろう、と想像した。
 丁度節子は叔父の手伝いとして谷中から通って来た日のことであった。あだかも彼女はこの話の成行を知るために高輪へ来合せたかのように。岸本は紙に書いたものを節子に見せて、彼女を安心させることを忘れなかった。
 最早祖母さんの部屋には行火《あんか》が置いてあった。節子はその部屋の方から縁側伝いに岸本の机の側へ来た。
「折角骨折っても、何処《どこ》かへ持って行かれてしまった日には、ほんとにツマラないね」
 前後の話に無関係な、こんな僅《わず》かな言葉が岸本の口から出て来た。でも、それを聞いた節子には岸本の方で言おうとする意味がよく通じた。
「何処かへ持って行かれてしまうなんて――何処へも行かなければ可《い》いじゃありませんか」
 と言って節子は微笑《ほほえ》んだ。
 それぎり、岸本はもうそんな話をしなかった。節子は近くいて見ると、彼は彼女の内部《なか》に燃え上り燃え上りするような焔《ほのお》が生々《いきいき》と彼女の瞳《ひとみ》にかがやくのを見た。時としては彼女の顔に上って来る血潮が深くかすかに彼女の頬《ほお》を染めるのを見た。
 岸本に言わせると、彼と節子とはまだ一歩《ひとあし》踏出したばかりであった。ある意味から言えば、漸《ようや》くこんな境地まで漕付《こぎつ》けたばかりであった。彼は節子をこの世の旅の道連れとして、二人で行けるところまで行こうとした。節子は谷中の方へ帰ってから短い手紙を岸本の許《もと》へ送ってよこした。
「どんなに多くの御不自由を御忍びなさることか。それもわたしからと思いますと、ほんとうに苦しゅうございます。どうぞどうぞすべてを御許し下さいまし」

        五十八

「『冬』が私の側へ来た。
 ――私が待ち受けていたのは、正直に言うともっと光沢《つや》の無い、単調で眠そうな、貧しそうに震えた、醜く皺枯《しわが》れた老婆であった。私は自分の側に来たものの顔をつくづくと眺《なが》めて、まるで自分の先入主となった物の考え方や、自分の予想していたものとは反対であるのに驚かされた。私は尋ねて見た。
 ――お前が『冬』か。
 ――そういうお前は一体私を誰だと思うのだ、そんなにお前は私を見損《みそこ》なっていたのか、と『冬』が答えた。
 ――『冬』は私にいろいろな樹木を指《さ》して見せた。あの満天星《どうだん》を御覧、と言われて見ると、旧《ふる》い霜葉はもう疾《とっ》くに落尽してしまったが、茶色を帯びた細く若い枝の一つ一つには既に新生の芽が見られて、そのみずみずしい光沢《つや》のある若枝にも、勢いこんで出て来たような新芽にも、冬の焔が流れて来ている。満天星ばかりでは無い、梅の素生《すばえ》は濃い緑色に延びて、早や一尺に及ぶのもある。ちいさくなって蹲踞《しゃが》んでいるのは躑躅《つつじ》だが、でもがつがつ震えるような様子は少しも見えない。あの椿《つばき》の樹を御覧、と『冬』が私に言った。日をうけて光る冬の緑葉には言うに言われぬ輝きがあった。密集した葉と葉の間からは大きな蕾《つぼみ》が顔を出している。何かの深い微笑《ほほえみ》のように咲くあの椿の花の中には霜の来る前に早や開落したのさえある。『冬』は私に八つ手の木を指して見せた。そこにはまた白に近い淡緑の色彩の新しさがあって、その花の形は周囲の単調を破っている。
 ――過ぐる三年の間、私は異郷の客舎の方で暗い暗い冬を送って来た。寒い雨でも来て障子の暗い日なぞには、よくあの巴里《パリ》の冬を思出す。そこは一年のうちの最も日の短いという冬至《とうじ》前後になると、朝の九時頃に漸く夜が明けて、午後の三時半には既に日が暮れてしまった。あのボオドレエルの詩の中にあるような赤熱《しゃくねつ》の色に燃えてしかも凍り果てるという太陽は、必ずしも北極の果を想像しないまでも、巴里の町を歩いていてよく見らるるものであった。枯々としたマロニエの並木の間に冬が来ても青々として枯れずにある草地の眺めばかりは特別な冬景色であったけれども、あの灰色に深い静寂なシャヴァンヌの『冬』の色調こそ彼地《かのち》の自然には適《ふさ》わしいものであった。
 ――ことしは久しぶりで東京の郊外に冬籠《ふゆごも》りする。冬の日は光が屋内まで輝き満ちるようなことは過ぐる三年の間はなかったことだ。この季節に、底青く開けた空を望み得るということも、めずらしい。私の側へ来てささやいているのは確かに武蔵野《むさしの》の『冬』だ。
 ――『冬』は私に樫《かし》の樹を指して見せた。髪のように輝いたその葉の間には、歌わない小鳥が隠れて飛んでいて、言葉のない歌を告げ顔である……」
 岸本は抑えに抑えている自分を慰めようとして紙のはじにこれを書きつけて見た。満天星も、梅も、躑躅も、椿も、樫も、彼の部屋の外の縁側から直《すぐ》庭先に見られるものだ。何かの深い微笑のように咲く椿の花、言葉のない歌を告げ顔な歌わない小鳥、それらはみな彼の心の光景だ。
「言わなくたって、もう分ってます」
 この言葉を残して置いて行った節子は、世の幸福を捨てて岸本に随《したが》おうとする彼女の意志を明かにした。過去に於《お》いて罪の深いもの同志が互に世の幸福を捨てるということは、実に一切を捨てるということであった。
 新しい愛の世界が岸本の前に展けかかって来た。恥じても恥じても恥じ足りないように思った道ならぬ関係の底からこれだけの誠実《まこと》が汲《く》めるということは、岸本の精神《こころ》に勇気をそそぎ入れた。そこから彼は今まで知らなかったような力を掴《つか》んだ。

        五十九

 岸本の過去は不思議なくらい艱難《かんなん》な日の連続で、たださえ頑《かたくな》な彼はその戦いのために余計に自分の心を堅く閉じ塞《ふさ》げてしまった。何よりも先《ま》ず自分は幼い心に立ち帰らねば成らない、とはかねて巴里の客舎にある頃の彼の述懐であったが、どうしても彼にはその心に立ち帰ることを許されなかった。火葬場の鉄の扉《とびら》の前に立って灰になった妻の遺骨を眺めても唯《ただ》それを見つめたきり涙一滴流れなかったほどこの世の苦しい傍観者としてあった長い年月の間と言わず、冷然として客舎の石の壁に対《むか》い合っていたような三年の遠い旅の間と言わず、彼の思い続けて来たのは実際次の言葉に籠る可傷《いたま》しい真実であった。
「我等芸術の憐《あわれ》むべき労働者よ。普通の人々にはしかく簡単に自由を与えらるることも我等には何故に許されぬのだろう。それも理《ことわり》である。普通の人々は真心《ハアト》を持つ。我等は遂《つい》に真心の何物をも持たぬ。我等は到底理解せられざる人間である……」
 こうしたことを思い続けた岸本の上にも不思議な変化が日に日に起って来た。彼は持って生れたままの幼い心に立ち帰って行ける日が漸くやって来たことを思い知るように成った。その時になって彼は心から自分の情熱を寄せ得るもののあることを見出した。その歓《よろこ》びを見出した。彼のように寂しい道を歩きつづけて来たものでなければ、どうしてそれほど餓《う》え渇《かわ》いたように生の歓びを迎えるということがあろう。彼は自分のような旅人に与えられた自然の賜物であるとまで考えるほどにして、その新しい歓びに浸って行くように成った。
 すべては岸本に取って心に驚かれることばかりのようであった。彼は自分の生涯の途中に、しかも老い行こうとする年頃の今になって、節子のような女が自分の内部《なか》へ入って来るように成ったことを一つの不思議とさえ考えた。彼はあの青木や菅《すげ》や市川などと青春を競い合った年頃に逢《あ》った勝子のことを節子に思い比べて見た。試みに二人の相違を比較して見た。二人の気質の相違を。二人の容貌《ようぼう》の相違を。二人の年齢の相違を。二十余年も前に青年としての彼が別れた勝子と、今見る節子と、いくらも年齢《とし》が違っていなかった。曾《かつ》て彼は自分と節子との時代の隔たりを、ある近代劇中の老主人公と、洋琴《ピアノ》を弾《ひ》いて聞かせるだけの役目にあの主人公の許《もと》へ通って来る若い娘との隔たりに譬《たと》えて見たことがある。あの無邪気な指先から流れて来るメロディでも聞いて老年の悲哀と寂寞《せきばく》とを忘れようとする人と、まだ生先《おいさき》の長い若草のような人との隔たりに譬えて見たことがある。三年の節子の発達はこの若い娘の位置から余程彼女を変えて見せたとは言え、彼と節子との時代の隔たりはそれにしても争われなかった。幾度《いくたび》彼は節子のような若い女の心が自分に向って動いて来たことを不審に思ったか知れない。彼は節子の「心からのほほえみ」を通して自分と彼女の間の根深い苦悩の微笑みを読むような心を持ち始めた。
 解き放たれかけて来た岸本の胸からは自分ながら思いがけない程のものが迸《ほとばし》り流れて来た。夜もろくに眠られないようなことが、やがて彼には一月ばかりも続いた。

        六十

「自分にはもう悲みということが無くなってしまった」
 こう節子は小さな手帳の中に鉛筆で書きつけて、他にも手短かに書いた言葉と共に彼女が心の消息の断片を岸本のところに置いて行った。その中には、「どうもまだ、からだの具合が悪い、それにつけても葡萄酒《ぶどうしゅ》はつつしまなければいけない」と書きつけたところもあった。二人の間には何時《いつ》の間にか種々《いろいろ》な隠し言葉が出来た。「創作」とか、「葡萄酒」とか。後の言葉は麺麭《パン》を主の肉に代《か》え葡萄酒を主の血に代えるという宗教上の儀式の言葉から意味だけを借りて来たのであった。
 不自由な境涯に置かれて暗いところを歩きつづけて来たような節子の心持が悲哀《かなしみ》というものから離れたと言って見せてあるように、岸本の浸って行った歓びはそれにも勝《ま》して大きかった。彼の通越して来たところが寂しければ寂しいだけ、それだけ広々とした自由な世界に躍《おど》り入ったようなその歓びが大きかった。彼は俄《にわか》に金持にでもなった貧乏な人間に自分を譬えて見た。今まで金というものを持ったことの無い人間はどうそれを使って可《い》いかも分らなかった。彼はずっと以前に巣鴨《すがも》の監獄を出て来たある身内のものを想い起すことが出来る。その身内のものが白足袋《しろたび》穿《は》いたまま獄門の前を走り廻って、狂気したように土を踏みしめたり、娑婆《しゃば》の空気を呼吸したりしたことを想い起すことが出来る。彼の新しい歓びは、その赤い着物を脱いだ人の歓びだ。笑ったことの無い不幸な犠牲者の心からの笑顔を見た人の歓びだ。
 一月《ひとつき》ばかりも寝食を忘れて、まるで茫然《ぼうぜん》自失の状態《ありさま》にあった岸本は、人がこの自分を見たら何と思うであろうと気がつくように成った。彼は一月も眠らなかったその自分に驚いた。若々しい血潮のためには胸も騒ぎ心も狂うばかりであった彼の青年時代ですら、眠られない夜が七日以上に続いたことは無かった。もし彼が二十年若かったら、これ程の精神《こころ》の激動を耐える力はなかったろうとも想って見た。終《しまい》には、彼は自分で自分の情熱を可恐《おそろ》しく思うように成った。
「これは荒びたパッションだ。静かな愛の光を浴びたものとは違う――どうかして早くこんなところを通越してしまいたい――とてもこんなことでは駄目だ」
 と独《ひと》りで言って見て、ボンヤリとした自分を励まそうとした。
 師走《しわす》も十日過ぎに成って岸本は小旅行を思立った。彼は節子の一人で撮《と》れている写真なぞを自分の眼に触れないところへ納《しま》ってしまった。彼女の手紙、彼女の手帳、すべて彼女のことを思わせるようなものを皆納ってしまった。彼の書籍の中からは草花の模様のある濃い色の布片《きれ》が出て来た。それは節子が日頃大切にして彼女の肌身《はだみ》につけていた
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