逖bし込みに行っていた。階下《した》には外に誰も居なかった。節子は極く小さな声で、彼女が母になったことを岸本に告げた。
避けよう避けようとしたある瞬間が到頭やって来たように、思わず岸本はそれを聞いて震えた。思い余って途方に暮れてしまって言わずにいられなくなって出て来たようなその声は極く小さかったけれども、実に恐ろしい力で岸本の耳の底に徹《こた》えた。それを聞くと、岸本は悄《しお》れた姪《めい》の側にも居られなかった。彼は節子を言い宥《なだ》めて置いて、彼女の側を離れたが、胸の震えは如何《いかん》ともすることが出来なかった。すごすごと暗い楼梯《はしごだん》を上って、自分の部屋へ行ってから両手で頭を押えて見た。
世のならわしにも従わず、親戚《しんせき》の勧めも容《い》れず、友人の忠告にも耳を傾けず、自然に逆らってまでも自分勝手の道を歩いて行こうとした頑固《かたくな》な岸本は、こうした陥穽《おとしあな》のようなところへ堕《お》ちて行った。自分は犯すつもりもなくこんな罪を犯したと言って見たところで、それが彼には何の弁解《いいわけ》にも成らなかった。自分は婦徳を重んじ正義を愛するの念に於《おい》て過ぐる年月の間あえて人には劣らなかったつもりだと言って見たところで、それがまた何の弁解にも成らなかった。自分は多少酒の趣味を解し、上方唄《かみがたうた》の合《あい》の手のような三味線を聞くことを好み、芸で身を立てるような人達を相手に退屈な時を送ったこともあるが、如何《いか》なる場合にも自分は傍観者であって、曾《かつ》てそれらの刺戟《しげき》に心を動かされたこともなかったと言って見たところで、それが何の弁解の足《た》しにも成らないのみか、あべこべに洒脱《しゃだつ》をよそおい謹厳をとりつくろう虚偽と偽善との行いのように自分ながら疑われて来た。のみならず、小唄の一つも聞いて見るほどの洒落気《しゃれけ》があるならば、何故もっと賢く適当に、独身者として大目に見て貰《もら》うような身の処し方をしなかったか、とこう反問するような声を彼は自分の頭脳《あたま》の内部《なか》ですら聞いた。
しばらく岸本は何事《なんに》も考えられなかった。
部屋には青い蓋《かさ》の洋燈《ランプ》がしょんぼり点《とぼ》っていた。がっしりとした四角な火鉢《ひばち》にかけてある鉄瓶《てつびん》の湯も沸いていた。岸本は茶道具を引寄せて、日頃《ひごろ》好きな熱い茶を入れて飲んだ。好きな巻煙草《まきたばこ》をもそこへ取出して、火鉢の灰の中にある紅々《あかあか》とおこった炭の焔《ほのお》を無心に眺《なが》めながら、二三本つづけざまに燻《ふか》して見た。
壊《こわ》れ行く自己《おのれ》に対するような冷たく痛ましい心持が、そのうちに岸本の意識に上って来た。
十四
簾《すだれ》がある。団扇《うちわ》がある。馳走《ちそう》ぶりの冷麦《ひやむぎ》なぞが取寄せて出してある。親戚のものは花火を見ながら集って来ている。甥《おい》の細君が居る。女学生時代の輝子が居る。郷里の方から東京へ出て来たばかりの節子も姉に連れられて来ている。白い扇子をパチパチ言わせながら、「世が世なら伝馬《てんま》の一艘《いっそう》も借りて押出すのになあ」と嘆息する甥《おい》の太一が居る。まだ幼少《ちいさ》な泉太は着物を着更《きか》えさせられて、それらの人達の間を嬉しそうに歩き廻っている。皆を款待《もてな》そうとする母親に抱かれて、乳房を吸っている繁もそこに居る。両国の方ではそろそろ晩の花火のあがる音がする――
これは園子がまだ達者でいた頃の下座敷の光景《ありさま》だ。岸本はその頃のさかりの園子を、女らしく好く発達した彼女を、堅肥《かたぶと》りに肥《ふと》っても柔軟《しなやか》な姿を失わない彼女の体格を、記憶でまだありありと見ることが出来た。岸本はまたその頃の記憶を階下から自分の書斎へ持って来ることも出来た。独《ひと》りで二階に閉籠《とじこも》って机に向っている彼自身がある。どうかするとその彼の背後《うしろ》へ来て、彼を羽翅《はがい》で抱締めるようにして、親しげに顔を寄せるものがある。それが彼の妻だ。
園子はその頃から夫の書斎を恐れなかった。画家のアトリエというよりは寧《むし》ろ科学者の実験室のように冷く厳粛《おごそか》なものとして置いた書斎の中に、そうして忸々《なれなれ》しくいられることを彼女は夢のようにすら楽しく思うらしかった。岸本が彼女に忸々しく仕向けたことは、必《きっ》とその同じ仕向けでもって、彼女はそれを夫に酬《むく》いた。時には彼女は夫の身体《からだ》を自分の背中に乗せて、そこにある書架の前あたりをヨロヨロしながら歩き廻ったのも岸本の現に眼前《めのまえ》に見るその同じ部屋の内だ。長いこと妻を導こう導こうとのみ焦心した彼は、その頃に成って、初めて何が園子の心を悦《よろこ》ばせるかを知った。彼は自分の妻もまた、下手《へた》に礼義深く尊敬されるよりは、荒く抱愛されることを願う女の一人であることを知った。
それから岸本の身体は眼を覚《さ》ますように成って行った。髪も眼が覚めた。耳も眼が覚めた。皮膚も眼が覚めた。眼も眼が覚めた。その他身体のあらゆる部分が眼を覚ました。彼は今まで知らなかった自分の妻の傍に居ることを知るように成った。彼が妻の懐《ふところ》に啜泣《すすりなき》しても足りないほどの遣瀬《やるせ》ないこころを持ち、ある時は蕩子《たわれお》戯女《たわれめ》の痴情にも近い多くのあわれさを考えたのもそれは皆、何事《なんに》も知らずによく眠っているような自分の妻の傍に見つけた悲しい孤独から起って来たことであった。岸本の心の毒は実にその孤独に胚胎《はいたい》した。
岸本はずっと昔の子供の時分から好い事でも悪い事でも何事もそれを自分の身に行って見た上でなければ、ほんとうにその意味を悟ることが出来なかった。彼は悄れた節子を見て、取返しのつかないような結果に成ったことを聞いて、初めて羞《は》じることを知ったその自分の心根を羞じた。彼は節子の両親の忿怒《いかり》の前に、自分を持って行って考えて見た。彼も早や四十二歳であった。頭を掻《か》いてきまりの悪い思をすれば、何事も若いに免じて詫《わび》の叶《かな》うような年頃とは違っていた。とても彼は名古屋の方に行っている兄の義雄に、また郷里の方にある嫂《あによめ》に、合せ得られるような顔は無かった。
十五
嵐《あらし》は到頭やって来た。彼自身の部屋をトラピストの修道院に譬《たと》え、彼自身を修道院の内の僧侶《ぼうさん》に譬えた岸本のところへ。しかも半年ばかり前まで節子の姉が妹と一緒に居て割合に賑《にぎや》かに暮した頃には夢にだも岸本の思わなかったような形で。
多くの場合に岸本は女性に冷淡であった。彼が一箇の傍観者として種々《さまざま》な誘惑に対《むか》って来たというのも、それは無理に自分を制《おさ》えようとしたからでもなく、むしろ女性を軽蔑《けいべつ》するような彼の性分から来ていた。一生を通して女性の崇拝家であったような亡《な》くなった甥の太一に比べると、彼は余程《よほど》違った性分に生れついていた。その岸本が別に多くの女の中から択《えら》んだでも何でもない自分の姪と一緒に苦しまねば成らないような位置に立たせられて行った。節子は重い石の下から僅《わずか》に頭を持上げた若草のような娘であった。曾《かつ》て愛したこともなく愛されたこともないような娘であった。特に岸本の心を誘惑すべき何物をも彼女は有《も》たなかった。唯《ただ》叔父を頼りにし、叔父を力にする娘らしさのみがあった。何という「生」の皮肉だろう。四人の幼い子供を残した自分の妻の死をそう軽々しくも考えたくないばかりに三年一つの墓を見つめて来た岸本は、あべこべにその死の力から踏みにじられるような心持を起して来た。しかも、極《きわ》めて残酷に。
「父さん。これ、朝?」
と繁が岸本のところへ来て、大きな子供らしい眼で父の顔を見上げて言った。繁はよく「これ、朝?」とか、「これ、晩?」とか聞いた。
「ああ朝だよ。これが朝だよ。一つねんねして起きるだろう、そうするとこれが朝だ」
岸本は言いきかせて、まだ朝晩の区別もはっきり分らないような幼いものを一寸《ちょっと》抱いて見た。
節子の様子をよく見るために岸本は勝手に近い小部屋の方へ行った。用事ありげにそこいらを歩いて見た。節子は婆やを相手に勝手で働いていた。時には彼女は小部屋にある鼠不入《ねずみいらず》の前に立って、その中から鰹節《かつおぶし》の箱を取出し、それを勝手の方へ持って行って削った。すこしもまだ彼女の様子には人の目につくような変ったところは無かった。起居《たちい》にも。動作にも。それを見て、岸本は一時的ながらもやや安心した。
節子を見た眼で岸本は婆やを見た。婆やは流許《ながしもと》に腰を曲《こご》めて威勢よく働いていた。正直で、働き好きで、丈夫一式を自慢に奉公しているこの婆やは、肺病で亡くなった旧《ふる》い学友の世話で、あの学友が悪い顔付はしながらもまだ床に就《つ》くほどではなく岸本のところへよく人生の不如意を嘆きに来た頃に、そこの細君に連れられて目見えに来たものであった。水道の栓《せん》から迸《ほとばし》るように流れ落ちて来る勢いの好い水の音を聞きながら鍋《なべ》の一つも洗う時を、この婆やは最も得意にしていた。
何となく節子は一番彼女に近い婆やを恐れるように成った。それにも関《かかわ》らず、彼女は冷静を保っていた。
十六
「旦那《だんな》さんは今朝《けさ》はどうかなすったんですか。御飯も召上らず」
二階へ雑巾《ぞうきん》がけに来た婆やがそれを岸本に訊《き》いた。
「今朝は旦那さんのお好きな味噌汁《おみおつけ》がほんとにオイしく出来ましたよ」とまた婆やが言った。
「なに、一度ぐらい食べないようなことは、俺《おれ》はよくある」と岸本は一刻も働かずにじっとしてはいられないような婆やの方を見て言った。「まあ俺の方はどうでも可《い》い。お前達は子供をよく見てくれ」
「なにしろ旦那さんの身体《からだ》は大事な身体だ。旦那さんが弱った日にゃ、吾家《うち》じゃほんとに仕様がない。よくそれでも一人で何もかもやっていらっしゃるッて、この近所の人達が皆そう言っていますよ。ほんとに吾家の旦那さんは、堅い方ですッて……」
雑巾を掛けながら婆やの話すことを岸本は黙って聞いていた。やがて婆やは階下《した》へ降りて行った。岸本は独りで手を揉《も》んで見た。
岸本は人知れず自分の顔を紅《あか》めずにはいられなかった。もしあの河岸《かし》の柳並木のかげを往来した未知の青年のような柔《やわらか》い心をもった人が、自分の行いを知ったなら。あの恩人の家の弘のように「兄さん、兄さん」と言って親身の兄弟のように思っていてくれる人や、それから自分のために日頃心配していてくれる友人や、山の方にある園子の女の友達なぞが、聞いたなら。岸本は身体全体を紅くしてもまだ羞《は》じ足りなかった。彼は二十七歳で早くこの世を去った友人の青木のことなぞにも想い到《いた》って、「君はもっと早く死んでいた方が好かった」とあの亡《な》くなった友達にまで笑われるような声を耳の底の方で聞いた。
もしこれが進んで行ったら終《しまい》にはどうなるというようなことは岸本には考えられなかった。しかし、すくなくも彼は自分に向って投げられる石のあるということを予期しない訳に行かなかった。彼はある新聞社の主筆が法廷で陳述した言葉を思い出すことが出来る。その主筆に言わせると、世には法律に触れないまでも見遁《みのが》しがたい幾多の人間の罪悪がある。社会はこれに向って制裁と打撃とを加えねば成らぬ。新聞記者は好んで人の私行を摘発するものではないが、社会に代ってそれらの人物を筆誅《ひっちゅう》するに外ならないのであると。こうした眼に見えない石が自分の方へ飛んで来る時の痛さ以上に、岸本は見物の
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