「。青い頭巾《ずきん》なぞを冠《かぶ》って」
と嫂は言って、瞳《ひとみ》の青い仏蘭西《フランス》の人形を祖母さんや節子と一緒に近く集って眺《なが》めた。
「その人形の着物は、それでも下宿の主婦が自分で手縫にしたものだなんて言いましたっけ。国へ帰ったら、これを解いて見ると分る、仏蘭西の女の児の着るものは皆この人形が身につけていますなんて、そんなことも言ってくれてよこしましたっけ――」
こう岸本が言うと、節子は母親に寄添いながら、
「髪は茶色ですねえ」
「ほんとに」と祖母さんも人形を手に取って見た。
何となく節子は自分の手を気にしている容子であった。岸本はそれを看《み》て取って、何気なく訊《き》いた。
「節ちゃん、手はどうです」
「あれの手はもう三年越しよなし」
と祖母さんは郷里《くに》の方の訛《なまり》を出して言った。節子は黙し勝ちに、水虫のようなものを煩《わずら》いつづけている自分の掌《てのひら》を叔父の方へ見せ、自分でもその掌を眺めていた。
「まだそんなに悪いのかね。もう疾《とっ》くに良くなってることかと思っていた」と言って、岸本は嫂の方を見て、「なんでも巴里の方に居る時分に好い皮膚病の薬が見つかりましてね、それを節ちゃんのところへ送ってよこすつもりでした。丁度子供のところへも町の文房具屋で見つけた帳面がありましたから、一ちゃんに一冊、泉ちゃんや繁ちゃんにも一冊ずつ、それにその薬と、それだけを一緒にして国の方へ帰る友達に頼みました。どうでしょう、その友達の荷物は船と一緒に地中海へ沈んでしまいましたよ。敵の船にやられたんですね。友達だけは別の船で日本へ着きましたが、折角の帳面も薬もそんな訳で皆のところへ届きませんでした――惜しいことをしましたっけ」
こんな旅の話をするにしても、岸本はそれを節子にしないで、嫂や祖母さんに聞かせるようにした。岸本は節子と自分の関係を叔父姪の普通の位置に引戻そうとした。その方針でこそ、兄や嫂にも安心を与え、同時に長い間の自分の苦悩を忘れることが出来ようかと考えた。
二十三
「兄さん、これは貴方《あなた》に進《あ》げるつもりで持って来ました」
義雄が宿屋の方から帰った頃、岸本は旅の鞄から取出して置いたものを記念として兄にも贈った。それは巴里のサン・ミッシェルの並木街あたりを往来《ゆきき》する人達の小脇《こわき》に挾《はさ》まれるような、書籍《ほん》や書類などを納《い》れるための実用向の手鞄であった。
「や。好いものをくれるナ。こいつは貰《もら》って置こう」
と義雄は機嫌《きげん》が好かった。
岸本の帰国を聞いて戦時の巴里の消息を尋ねに来る新聞雑誌の記者、その他|旧馴染《むかしなじみ》の客なぞで、一しきり家の内はごたごたした後であった。まだ岸本は長い旅から持越した疲労《つかれ》をどうすることも出来なかった。神戸へ上陸するからその日まで殆《ほとん》ど彼は休みなしと言っても可《い》いくらいに自分を待受けていてくれた国の方のものに触れ続けた。東京へ帰って来て見ると、あの京都の宿でせめて半日なりとも寝転《ねころ》んで来て好かったとさえ思うくらいであった。
その疲労を制《おさ》えながら、岸本は奥の部屋の方で自分を呼ぶ兄を見に行った。
「捨吉。まあ坐れ。今はいろいろ話すことがある」
と義雄は言って、弟の留守中に訪問を受けた人達の名とか、兄自身に対して厚意を寄せてくれた人達の名とか、殊《こと》に弟の留守中に兄の一時|煩《わずら》ったことから、その折に援助を受けた親戚《しんせき》の名とか、それらを岸本に話し聞かせた。万事|上手《うわて》に、上手にと、手強《てごわ》く出ようとする方の兄は、言うだけのことを言ってしまわなければ気が済まないという風で、それから自身に書いた書付を出して岸本に見せた。
「これは、まあ参考までに見せて置くが――」
と言って義雄は別の書付をも出した。
「嘉代《かよ》(嫂の名)、お前の方の書付も叔父さんに出して見せるといい」
と義雄は嫂をもその二人ぎりのところへ呼んで言った。
岸本は手を揉《も》みながら兄夫婦の前を引きさがった。その時になって彼は自分の留守中いかに兄の骨の折れたかを知った。「お前が仏蘭西から帰って来るまでには、俺も大いに雄飛するつもりだ」と言って以前に手を分った兄の身にも、まだ時節というもののめぐって来ていないことを知った。そればかりではない、恐らく後になって振返って見ても、自分の留守の三年が兄の生涯の中での一番苦しい時代であったろうということをすら知った。彼はまた、自分の許され難い罪過がとにもかくにも三年の間この家を支《ささえ》る細い力の一つであったような、そんな世の中の不思議にも思い当った。幾つかに分れた岸本兄弟の家の過去は互に助けたり助けられたりであった。その親譲りの精神に富んだ兄の情誼《じょうぎ》に対しても、岸本は今々自分が国へ帰って来たばかりだ、まだ息を吐《つ》く間も無いとは、どうしても言えなかった。多くの人に心配ばかり掛けて来た自分の旅が実際|如何《いか》なるものであったか、その中で子供等を養おうとした自分の苦心をも察して欲しいとは、どうしても言えなかった。まるで兄夫婦を欺くようにして旅に上った自分の行為《おこない》――それだ。第一それだ。「出来たことは仕方が無い、お前はもうこの事を忘れてしまえ」と言って、自分の一生の失敗を大目に見てくれたような、この兄の言うことなら、仮令《たとえ》どんな無理なことでも彼はそれを聞かなければ成らないように思った。
二十四
岸本は誰も家の人の居ないところへ行って、独《ひと》りで自分の右の手を出して見た。そして自分に問い、自分に答えた。
「矢張《やっぱし》、金の問題が附いて廻る――どうも仕方がない」
岸本はあだかも、手相を観《み》る占者《うらないしゃ》の前にでも出して見せるような手付をして、自分で自分の手を眺めた。その手を他から出された手のようにして出し直して見た。実際、それは誰の手でも無かった。自分の罪過そのものが何処《どこ》から出すともなく出してよこす暗い手だ。
岸本はもう一度その手を出し直して見た。誰にも知れないように自己の罪迹《ざいせき》を葬ろうとしているような人間のはかなさをよく知るものでなければ、どうしてそんな手のあることを感じ得られよう。それは押頂いても足りないほど感謝すべき手だ。しかし掛引の強い手だ。自分の弱点を握っているような手だ。岸本はつくづく自分の手を眺めて、非常に暗い気持がした。
「姉さん、私も帰って来たものですし、今日からこの家は私にやらせて下さい」
と岸本は嫂の居る部屋の方へ行ってそれを言った。まだ旅行免状なぞのそっくり入れてある紙入から当座の小遣《こづかい》を出して嫂の手に渡した。
同じ船で帰国した牧野から手紙で約束のあった日に、岸本は横浜の税関まで残りの荷物を受取りに行って来た。神戸から横浜の方に廻った馴染の船はまだそこに碇泊《ていはく》中で、埠頭《ふとう》に横たわる汽船の側面や黒い大きな煙筒《えんとつ》は一航海の間の種々様々な出来事を語っていた。岸本はその税関の横手からもう一度青い海をも近く望んで来た。
遠く国を目ざして帰って来た岸本の心――その心は彼に取って失うことの出来ない大切なものであった。その心から言えば、彼は兄にも詫《わ》び、嫂にも詫びなければ成らなかった。意外にも再び兄の無事な顔を見た最初の時から彼はその心を抑《おさ》えられるように成った。「お前はもう何事《なんに》も言うな」と兄の眼が強く物を言った。しかし、それは岸本の本意では無かった。もとより彼は兄夫婦に詫びなければ成らないと思った。それから、自分のためにあれほどの深傷《ふかで》を負わせられながら、しかも彼女自身|何等《なんら》の償いを求めようとする気色《けしき》も無いような節子に対しては、誰にも勝《ま》して詫びる心を実際に自分の身に表《あらわ》さねば成らないと思った。
二十五
長い旅から帰った巡礼のようにして留守宅の敷居を跨《また》いだ岸本は、漸くのことで自分の子供等の側に休息らしい休息を見つけるように成った。訪ねて来てくれる客も多く、誰を見ても逢いたいと思う人ばかりで、帰国後は思ったより多忙《いそが》しい日を送ったが、その中でも彼は泉太や繁をそれまでに大きくしてくれた人達への礼奉公を志した。彼は自身の力に出来るだけのことをして、不遇を憤り忍んでいるような兄や、ちょいちょい愚痴も出る嫂や、年とった祖母《おばあ》さんなぞを慰めようとした。兄の気象として、うんと大きく邸《やしき》を構えるか、さもなければどんな侘《わび》しい住居にもじっと我慢するか、どちらにしても中途半端《ちゅうとはんぱ》なことが出来ないようなところから、家の垣なぞが荒れ廃《すた》れても唯《ただ》それは人の見るままに任せてあった。岸本はこの屋根の下に多少なりとも清新なものを注ぎ入れるようにと努めた。どうかすると共倒れにでも倒れそうな気のするほど澱《よど》んだ家の空気の中から、何かしら生れて来るもののあるのを楽みにした。旅から帰って彼が見た節子は、朝も早く起き、嫂を助けながら家事の手伝いをして、すくなくも気を腐らせないで働いている人であった。「お前が帰って来てから、節ちゃんも大分元気づいた」――この兄の言葉から、岸本は自分の帰国が彼女にも多少の希望を与えたことを知った。なにしろ旅の空にある時でも、一番気に掛ったのは彼女のことであったから。その心から彼はすくなからぬ歓喜《よろこび》を自分の身に覚えた。
「父さんが帰っていらしったら、泉ちゃんや繁ちゃんまで眼に見えて違って来ましたよ――矢張《やっぱし》、親は親ですねえ」
こういう嫂の言葉は、御世辞にしても岸本には嬉しかった。
何よりも先《ま》ず岸本の願いは自分ながら驚くばかりの激しい旅疲れを少しずつ休める事であった。そういう場合には、彼は二人の子供の側へ行った。客の前なぞで無理に折曲げて坐っていた膝《ひざ》をそこへ行って延ばした。腰掛けることに慣れて来た彼は、時には顔をしかめ、痛い足を擁《かか》えて、子供等の見ている前でうめくような声を出した。
「どうだね、父さんもこれで幾らか異人臭くなって帰って来たかね――」
と岸本が尋ねると、泉太は繁と並んで父の顔を眺めながら、
「異人臭くって厭《いや》になっちゃった」
この泉太の人の好さそうな調子が父や弟を笑わせた。
二十六
「でも、泉ちゃんも繁ちゃんも大きくなったね」と岸本は二人の子供を見較《みくら》べながら、「泉ちゃんの方は、おおよそそれくらいに成ってるだろうとは思ったが、繁ちゃんの大きく成っていたには父さんも驚いた」
「僕と泉ちゃんと並ぶと、背《せい》は同じくらいだね」
と繁は泉太の方を見て言った。岸本は自分の前に坐っている二番目の子供が、もう、「僕」という言葉なぞを覚えて使っている子供が、神田川に近い以前の家の方で朝晩の区別もはっきり分らないように「これ、朝?」とか「これ、晩?」とかよく訊《き》いたあの幼い繁であるかと考えると、思わず微笑《ほほえ》まずにはいられなかった。
岸本は言葉を継いで、
「父さんが帰って来た時、車の上から繁ちゃんに声を掛けたろう。父さんには直《す》ぐ繁ちゃんだということが分った。あの時、お前は妙な返事をして馳出《かけだ》して行ったじゃないか」
「僕は、父さんだとは思わなかった」と繁が答えた。
「そうかねえ。父さんが分らなかったかねえ」
「車の方をよく見なかったもの――日除《ひよけ》が掛ってて、よく見えなかったもの――」
二人の子供は思いついたように顔を見合せて、父が旅の土産を取出しに行った。それを大事そうに父のところへ持って来た。
「泉ちゃんや繁ちゃんはお清書だの図画だのをよく父さんのところへ送ってよこしてくれたね。日本の字は筆で大きく書くだろう。外国ではお前、みんなペンだろう。泉ちゃんのお清書なぞを外国で見ると、字が大
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