タ際人の力でどうすることも出来なかった。
 死を思わせるほど悩ましい節子の様子から散々に脅《おびや》かされた岸本は、今|復《ま》た彼女から生れて来るものの力に踏みにじられるような心持でもって、時々節子をいたわりに行った。節子は娘らしく豊かな胸の上あたりを羽織で包んで見せ、張り満ちて来る力の制《おさ》えがたさを叔父に告げた。彼女の恐怖、彼女の苦痛を分つものは叔父一人の外に無かった。
「御免下さいまし」
 という親戚《しんせき》の女の声を表口の方に聞きつけたばかりでも、岸本は心配が先に立った。
 根岸の姪《めい》――民助兄の総領娘にあたる愛子が引越|間際《まぎわ》の取込んだところへ訪ねて来た。輝子や節子が「根岸の姉さん」と呼んでいるのは、この愛子のことであった。愛子は岸本の許へ何よりの餞別《せんべつ》の話を持って来てくれた。それは台湾の父とも相談の上、叔父の末の児(君子)を自分の妹として養って見たいというのであった。
「いろいろ父も御世話さまに成りましたし……それに叔父さんも外国の方へいらっしゃるようになれば、君ちゃんの仕送りをなさるのも大変でしょうと思いましてね……」
 この愛子のこころざしを岸本は有難《ありがた》く受けた。
「そう言えば叔父さんの髪の毛は――」と愛子は驚いたように岸本の方を見て言った。「まあ、白くおなんなすったこと。この一二年の間に、急に白くおなんなすったようですね」
「そうかねえ、そんなに白くなったかねえ」
 岸本は笑い紛わした。
 この「根岸の姉さん」の前で見る時ほど、節子の改まって見えることは無かった。それは節子にのみ限らなかった。姉の輝子とても矢張《やはり》その通りであった。同じ岸本を名のる近い親類でも、愛子と節子姉妹の間には女同志でなければ見られないような神経質があった。のみならず、節子は見る人に見られることを恐れるかして、障子のかげの炬燵の方にとかく愛子を避け勝ちであった。
「君ちゃんの許《とこ》へ一つ送ってやって貰いましょうか」
 と言いながら、岸本は亡《な》くなった長女の形見として箪笥《たんす》の底に遺《のこ》ったものを愛子の前に取出した。罪の深い叔父は、自分の女の児を引取って養おうと言ってくれる一人の姪の手前をさえ憚《はばか》った。

        三十六

 住慣れた町を去る時が来た。泉太や繁の母親が生きている頃と殆《ほとん》ど同じようにして置いてあった家の内の諸道具も、柱の上から古い時計を一つ下し、壁の隅《すみ》から茶戸棚《ちゃとだな》一つ動かしする度《たび》に、下座敷の内の見慣れた光景《さま》が壊《こわ》れて行った。
 岸本は遠い旅の鞄《かばん》に入れて持って行かれるだけの書籍を除いて、日頃愛蔵した書架の中の殆ど全部の書籍を売払った。それから、外国の客舎の方で部屋着として着て見ようと思う寒暑の衣類だけを別にして、園子と結婚した時からある古い羽織|袴《はかま》の類から日頃身に着けていたものまで、自分の着物という着物はあらかた売払った。
「節ちゃん、これはお前に置いて行く」
 岸本は節子を呼んで、箪笥《たんす》の抽筐《ひきだし》を引出して見せた。園子の形見としてその日まで大切に蔵《しま》って置いた一重《ひとかさ》ねの晴着と厚い帯とが、そこに残っていた。その帯は園子が結婚の日の記念であるばかりでなく、愛子の結婚の時にも役に立ち、輝子の時にも役に立った。岸本はそれらの妻の最後の形見を惜気もなく節子に分けた。
「泉ちゃんや繁ちゃんのことは、お前に頼んだよ」
 という言葉を添えた。
 裏口の垣根の側には二株ばかりの萩《はぎ》の根があった。毎年花をもつ頃になると岸本の家ではそれを大きな鉢《はち》に移して二階の硝子戸《ガラスど》の側に置いた。丸葉と、いくらか尖《とが》った葉とあって、二株の花の形状《かたち》も色合もやや異っていたが、それが咲き盛る頃には驚くばかり美しかった。狭い町の中で岸本の書斎を飾ったのもその萩であった。植物の好きな節子は岸本の知らない間に自分で萩の根の始末をして、一年半の余を叔父と一緒に暮した家の記念として、新規な住居の方へ運んで行くばかりにして置いてあった。やがて待侘《まちわ》びた朝が来た。
「泉ちゃんも、繁ちゃんも、いらっしゃい。おべべを着更《きか》えましょうね」と節子は二人の子供を呼んだ。
「彼方《あっち》のお家へ行くんですよ」
 と婆やも子供の側へ寄った。
 針医の娘は兄弟の子供の着物を着更えるところを見に来た。泉太も、繁も、知らない町の方へ動くことを悦《よろこ》んで、買いたての新しい下駄で畳の上をさも嬉《うれ》しそうに歩き廻った。
 岸本は二階へ上って行って見た。もっと長く住むつもりで塗り更《か》えさせた黄色い部屋の壁がそこにあった。がらんとした書斎がそこにあった。硝子戸のところへ行って立って見た。幾度《いくたび》か既に温暖《あたたか》い雨が通過ぎた後の町々の続いた屋根が彼の眼に映った。噂好《うわさず》きな人達の口に上ることもなしに、ともかくも別れて行くことの出来るその朝が来たのを不思議にさえ思った。
 最近に訪《たず》ねて来てくれた恩人の家の弘の言葉が不図《ふと》岸本の胸へ来た。
「菅《すげ》さんの言草が好いじゃ有りませんか。『岸本君は時々人をびっくりさせる。――昔からあの男の癖です』とさ」
 これは弘が岸本の外出中に、この家で旧友の菅と落合った時の言葉であった。町に別れを告げるようにして岸本はその二階の戸を閉めた。遠く高輪《たかなわ》の方に見つけた家の方へ、彼は先《ま》ず女子供を送出した。

        三十七

 新しい隠れ家は岸本を待っていた。節子と婆やに連れられて父よりも先に着いていた二人の子供は、急に郊外らしく樹木の多い新開の土地に移って来たことをめずらしそうにして、竹垣と板塀《いたべい》とで囲われた平屋造りの家の周囲《まわり》を走り廻っていた。
「泉ちゃんも、繁ちゃんも、気をつけるんだよ。お庭の植木の葉なぞを採るんじゃないよ」
 岸本は先ずそれを子供に言って聞かせたが、兄弟の幼いものが互いに呼びかわす声を新しい住居の方で聞いたばかりでも、彼には別の心地《こころもち》を起させた。
 節子は婆やを相手に引越の日らしく働いているところであった。まだ荷車は着かなかった。
「漸《ようや》く。漸く」
 と岸本はさも重荷でも卸したように言って、ざっと掃除の出来た家の内をあちこちと見て廻った。以前の住居に比べると、そこには可成《かなり》間数もあった。岸本は節子に伴われながら、静かな日のあたって来ている北向の部屋を歩いて見た。
「祖母《おばあ》さんでも出ていらしったら、この部屋に居て頂《いただ》くんだね。針仕事でもするには静かで好さそうな部屋だね」
 と岸本は節子に言った。丁度その部屋の前には僅《わず》かばかりの空地があって、裏木戸から勝手口の方へ通われるように成っていた。
「叔父さん、持って来た萩《はぎ》を植るには好さそうなところが有りますよ」と言って、節子はその空地の隅《すみ》のあたりを叔父に指《さ》して見せた。
 岸本は南向の部屋の方へ行って見た。そこへも節子が随《つ》いて来た。彼女はめずらしく晴々とした顔付で、まだ姿にも動作にも包みきれないほどの重苦しさがあるでもなく、僅《わずか》に軽い息づかいを泄《もら》しながら庭先の椿《つばき》の芽などを叔父に指して見せた。その庭には勢いよく新しい枝の延びた満天星《どうだん》や、また枯々とはしていたが銀杏《いちょう》の樹なぞのあることが、彼女を悦《よろこ》ばせた。
「親類中で、こんな家に住んでるものは一人もありやしません」
 と節子は半分|独語《ひとりごと》のように言って、若々しい眼付をしながらそこいらを眺《なが》め廻した。
 やがて節子は婆やの方へ行った。彼女の言ったことは不思議な寂しさを岸本の心に与えた。こんな家に住むことが、それが何の誇りだろう。親類なぞに対して外見《がいけん》をよそおうような場合だろうか。こう彼は節子の居ないところで独《ひと》り自分に言って見た。
 荷が着いてからの混雑はそれから夕方まで続いた。夕飯の済む頃になると、岸本は以前のせせこましい町中から離れて来たことより外に何も考えなかった。七年|馴染《なじみ》を重ねた噂好きな人達は最早《もう》一人も彼の家の前を通らなかった。夜遅くまで聞えた人の足音や、通過ぎる俥《くるま》のひびきすらしなかった。
「父さん、汽車の音がする」
 と下町育ちの子供等は聞耳を立てた。品川の空の方から響けて伝わって来るその汽車の音は一層|四辺《あたり》をひっそりとさせた。岸本は越したての屋根の下で身を横にして、家中のものを笑わせるほど続けざまに溜息《ためいき》を吐《つ》いた。

        三十八

 岸本は既に半ば旅人であった。彼はなるべく人目につくことを避けようとした。送別会の催しなども断れるだけ断った。旅支度《たびじたく》が調《ととの》うまでは諸方への通知も出さずに置いた。彼が横浜から出る船には乗らないで、わざわざ神戸まで行くことにしたのも、独りでこっそりと母国に別れを告げて行くつもりであったからで。
 突然な岸本の思立ちは反《かえ》って見ず知らずの人々の好奇心を引いた。彼の方でなるべく静かに動こうとすればするほど、余計に彼の外遊は人の噂に上るように成った。そうした外観の華《はなや》かさは一層彼を不安にした。断らなくても好いような人にまで、何故彼は両国の附近から場末も場末も荏原郡《えばらぐん》に近い芝区の果のようなそんな遠く離れた町へわざわざ家を移したかということを断らずにはいられなかった。先方《さき》から別に尋ねられもしないのに、高輪は彼が青年時代の記憶のある場所であること、足立や菅などの学友と一緒に四年の月日を送ったのもそこの岡の上にある旧《ふる》い学窓であったことを話した。その学窓の附近に極く平民的な大地主の家族が住むことを話した。その家族の主人公にはまだあの界隈《かいわい》に武蔵野《むさしの》の面影が残っている頃からの庄屋の徳を偲《しの》ばせるに足《た》るものがあることを話した。そのめずらしく大きな家族によって、私立の女学校と、幼稚園と、特色のある小学校が経営されていることを話した。彼はその小学校がいかにも家族的で、自分の子供を托《たく》して行くには最も好ましく考えたかを話した。そして、その学園の附近を択《えら》んで自分の留守宅を移したことを話した。
 毎日のように岸本は旧馴染《むかしなじみ》の高台を下りて、用達《ようたし》に出歩いた。下町の方にある知人の家々へもそれとなく別れを告げに寄った。時には両国の方まで行って、もう一度隅田川の水の流れて行くのが見える河岸《かし》に添いながら、ある雑誌記者と一緒に歩いたこともあった。
「あなたが奮発してお出掛になるということは、大分皆を動したようです」
 この記者の言葉を聞くと、岸本には返事のしようが無かった。地べたを見つめたままで、しばらく黙って歩いた。
「あなたのお子さん達はどうするんです」とまた記者が訊《き》いた。
「子供ですか。留守は兄貴の家の人達に頼んで行くつもりです。姉が郷里《くに》から出て来てくれることに成っていますからね」
「姉さんは最早出ていらしったんですか」
「いえ、まだ……来月でなきゃ」
「あなたは今月のうちに神戸へお立ちに成るというじゃ有りませんか。姉さんもまだ出ていらっしゃらないのに――」
 記者が心配して言ってくれたことは岸本の身に徹《こた》えた。とても彼は嫂《あによめ》に、節子の母親に合せて行く顔が無かった。

        三十九

 長旅に耐えられるような鞄をひろげて書籍や衣服なぞを取纏《とりまと》め、いささかの薬の用意をも忘れまいとする頃は、遠い国に向おうとする心持が実際に岸本に起って来た。
「泉ちゃんや繁ちゃんも、これからは味方になるものが無くて可哀そうですね」
 根岸の姪も高輪へ訪《たず》ねて来て、そんなことを岸本に言った。
「お前達はそんな風に思うかね。叔父さんは
前へ 次へ
全76ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング