サれが一点のかすかな燈火《ともしび》のように彼の心の奥に燃えていたからであった。
岸本は七日ばかりもこの旅の人を自分の許に逗留《とうりゅう》させて置いた。その七日の後には、この落魄《らくはく》した太一の父親を救おうと決心した。
「節ちゃん、叔父さんは鈴木の兄さんを連れて、国の方へ御辞儀に行って来るよ」
岸本はその話をした後で、別に彼の留守中に医師の診察を受けるようにと節子に勧めた。節子はその時の叔父の言葉に同意した。彼女自身も一度|診《み》て貰いたいと言った。幸に彼女の思違いであったなら。岸本はそんな覚束《おぼつか》ないことにも万一の望みをかけ、そこそこに旅の仕度《したく》して、節子に二三日の留守を頼んで置いて行った。
二十四
実に急激に、岸本の心は暗くなって行った。郷里の方にある姉の家から帰って来る途中にも、彼は節子に言置いたことを頼みにして、どれ程《ほど》医師の言葉に万一の希望を繋《つな》いだか知れなかった。引返して来て見ると、余計に彼は落胆した。
「節ちゃん、そんなに心配しないでも可《い》いよ。何とか好いように叔父さんが考えて進《あ》げるからね」
こう
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