ちら》で大分御世話に成りました……捨さんのことも、民助君からよく聞きました……何しろ私も年は取りますし、身体も弱って来ましたし、捨さんに御相談して頂くつもりで実は台湾の方から帰って参りました……」
二十三
「節ちゃん、鈴木の兄さんは袷《あわせ》を着ていらっしゃるようだぜ。叔父さんの綿入を出してお上げ。序《ついで》に、羽織も出して上げたら可《よ》かろう」
こう岸本は節子を呼んで言って、十年振りで旅から帰って来た人のために夕飯の仕度《したく》をさせた。よくよく困った揚句《あげく》に義理ある弟の家をめがけて遠く辿《たど》り着いたような鈴木の兄の相談を聞くのは後廻しとして、ともかくも岸本は疲れた旅の人を休ませようとした。しばらく家に泊めて置いて、その人の様子を見ようとした。十年の月日は岸本の生活を変えたばかりでなく、太一の父親が家出をした後の旧《ふる》い大きな鈴木の家をも変えた。そこには最早《もう》岸本の甥でもあり友人でもあり話相手ででもあった太一は居なかった。太一の細君も居なかった。そこには倒れかけた鈴木の家を興《おこ》した養子が居た。養子の細君が居た。十年も消息の絶
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