ニいう風で、遠慮勝ちに下座敷へ通った。
「台湾の兄貴の方から御噂はよく聞いておりました」
 こう言って迎える岸本をも鈴木の兄は気味悪そうにして、何を義理ある弟から言出されるかという様子をしていた。
「泉ちゃん、お出《いで》。鈴木の伯父《おじ》さんに御辞儀するんだよ」と岸本がそこに居る子供を呼んだ。
「これが泉ちゃんですか」と言って子供の方を見る客の顔には漸《ようや》く以前の旧《ふる》い鈴木の家の主人公らしい微笑《えみ》が浮んだ。
「伯父さん、いらっしゃいまし」と節子もそこへ来て挨拶《あいさつ》した。
「節ちゃんか。どうも見違えるほど大きくなりましたね。幼顔《おさながお》が僅《わず》かに残っているぐらいのもので――」と鈴木の兄に言われて、節子はすこし顔を紅《あか》めた。
「私の家でもお園が亡くなりましてね」と岸本が言った。「あなたの御馴染《おなじみ》の子供は三人とも亡くなってしまいました。一頃《ひところ》は輝も居て手伝ってくれましたが、あの人もお嫁に行きましてね、今では節ちゃんが子供の世話をしていてくれます」
「お園さんのお亡くなりに成ったことは、台湾の方で聞きました……民助君には彼方《
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