ヲた。
「まあ、坊ちゃん方は何を喧嘩なすったんです」
と言って、婆やがそこへ飛んで来た頃は、まだ二人の子供は泣きじゃくりを吐《つ》いていた。
岸本は胸を踊らせながら自分の部屋へ引返して行った。硝子戸《ガラスど》に近く行って日暮時の町を眺《なが》めた。河岸の砂揚場のところを通って誘われて来た心持が岸本の胸を往来し始めた。彼はあの水辺《みずべ》の悲劇を節子に結びつけて考えることすら恐ろしく思った。冷い、かすかな戦慄《みぶるい》は人知れず彼の身を伝うように流れた。
二十二
七日ばかりも岸本はろくろく眠らなかった。独《ひと》りで心配した。昼の食事の時だけは彼は家のものと一緒でなしに、独りで膳《ぜん》に対《むか》うことが多かったが、そういう時には極《きま》りで節子が膳の側へ来て坐った。彼女はめったに叔父の給仕の役を婆やに任せなかった。それを自分でした。そして俯向《うつむ》き勝ちに帯の間へ手を差入れ、叔父と眼を見合せることを避けよう避けようとしているような場合でも、何時でも彼女の膝《ひざ》は叔父の方へ向いていた。晩《おそ》かれ早かれ破裂を見ないでは止《や》まないような前途
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