ウん、私はどうして下さいます――」
この声を岸本は姪の顔にあらわれる暗い影から読んだ。彼は何よりも先《ま》ず節子の鞭《むち》を受けた。一番多く彼女の苦んでいる様子から責められた。
急に二人の子供の喧嘩《けんか》する声を聞きつけた時は、岸本は二階の方の自分の部屋にいた。彼は急いで楼梯《はしごだん》を馳《か》け降りた。
見ると二人の子供は、引留めようとする節子の言うことも聞入れないで争っていた。兄は弟を打《ぶ》った。弟も兄を打った。
「何をするんだ。何を喧嘩するんだ――馬鹿」
と岸本が言った。泉太も、繁も、一緒に声を揚げて泣出した。
「繁ちゃんが兄さんの凧《たこ》を破いたッて、それから喧嘩に成ったんですよ」と節子は繁を制《おさ》えながら言った。
「泉ちゃんが打《ぶ》った――」と繁は父に言付けるようにして泣いた。
兄の子供は物を言おうとしても言えないという風で、口惜しそうに口唇《くちびる》を噛《か》んで、もう一度弟をめがけて拳《こぶし》を振上げようとした。
「さあ、止《よ》した。止した」と岸本が叱るように言った。
「もうお止しなさいね。兄さんも、もうお止しなさいね」と節子も言葉を添
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