ヘ》じることを知ったその自分の心根を羞じた。彼は節子の両親の忿怒《いかり》の前に、自分を持って行って考えて見た。彼も早や四十二歳であった。頭を掻《か》いてきまりの悪い思をすれば、何事も若いに免じて詫《わび》の叶《かな》うような年頃とは違っていた。とても彼は名古屋の方に行っている兄の義雄に、また郷里の方にある嫂《あによめ》に、合せ得られるような顔は無かった。
十五
嵐《あらし》は到頭やって来た。彼自身の部屋をトラピストの修道院に譬《たと》え、彼自身を修道院の内の僧侶《ぼうさん》に譬えた岸本のところへ。しかも半年ばかり前まで節子の姉が妹と一緒に居て割合に賑《にぎや》かに暮した頃には夢にだも岸本の思わなかったような形で。
多くの場合に岸本は女性に冷淡であった。彼が一箇の傍観者として種々《さまざま》な誘惑に対《むか》って来たというのも、それは無理に自分を制《おさ》えようとしたからでもなく、むしろ女性を軽蔑《けいべつ》するような彼の性分から来ていた。一生を通して女性の崇拝家であったような亡《な》くなった甥の太一に比べると、彼は余程《よほど》違った性分に生れついていた。その
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