ケ具を引寄せて、日頃《ひごろ》好きな熱い茶を入れて飲んだ。好きな巻煙草《まきたばこ》をもそこへ取出して、火鉢の灰の中にある紅々《あかあか》とおこった炭の焔《ほのお》を無心に眺《なが》めながら、二三本つづけざまに燻《ふか》して見た。
壊《こわ》れ行く自己《おのれ》に対するような冷たく痛ましい心持が、そのうちに岸本の意識に上って来た。
十四
簾《すだれ》がある。団扇《うちわ》がある。馳走《ちそう》ぶりの冷麦《ひやむぎ》なぞが取寄せて出してある。親戚のものは花火を見ながら集って来ている。甥《おい》の細君が居る。女学生時代の輝子が居る。郷里の方から東京へ出て来たばかりの節子も姉に連れられて来ている。白い扇子をパチパチ言わせながら、「世が世なら伝馬《てんま》の一艘《いっそう》も借りて押出すのになあ」と嘆息する甥《おい》の太一が居る。まだ幼少《ちいさ》な泉太は着物を着更《きか》えさせられて、それらの人達の間を嬉しそうに歩き廻っている。皆を款待《もてな》そうとする母親に抱かれて、乳房を吸っている繁もそこに居る。両国の方ではそろそろ晩の花火のあがる音がする――
これは園子がま
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