ュわ》しくもあり、又た天性花を愛するような、物静かな、うち沈んだところを有《も》っていた。「お前達はよくそれでもそんな名前を知ってる」と岸本が感心したように言った時、「花の名ぐらい知らなくって――ねえ、節ちゃん」と姉の方が言えば、「叔父さん、これ御覧なさい、甘い椿《つばき》のような香気がするでしょう」と言ってチュウリップの咲いた鉢《はち》を持って来て見せたのも節子であった。これほど節子はまだ初々《ういうい》しかった。学窓を離れて来たばかりのような処女《おとめ》らしさがあった。その節子が年の暮あたりには何となく楽まないで、じっと考え込むような娘になった。
岸本の妻が残して置いて行った着物は、あらかたは生家《さと》の方へ返し、形見として郷里の姉へも分け、根岸の嫂《あによめ》にも姪《めい》にも分け、山の方にある知人へも分け、生前園子が懇意にしたような人達のところへは大抵分けて配ってしまって、岸本の手許には僅《わず》かしか残らないように成った。「子供がいろいろお世話に成りました」それを岸本が言って、下座敷に置いてある箪笥の抽筐《ひきだし》の底から園子の残したものを節子姉妹に分けてくれたことも
前へ
次へ
全753ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング