ヲい雨の来る音がした。

        十二

 年も暮れて行った。節子は姉と二人でなしに、彼女一人の手に叔父の家の世話を任せられたことを迷惑とはしていなかった。彼女は自分一人に任せられなければ、何事も愉快に行うことの出来ないような気むずかしいところを有《も》っていた。その意味から言えば、彼女は意のままに、快適に振舞った。
 しかしそれは婆やなぞと一緒に働く時の節子で、岸本の眼には何となく楽まない別の節子が見えて来た。姉がまだ一緒にいた夏の頃、節子は黄色く咲いた薔薇《ばら》の花を流許《ながしもと》の棚の上に罎《びん》に挿《さ》して置いて、勝手を手伝いながらでも独《ひと》りで眺《なが》め楽むという風の娘であった。「泉ちゃん、好いものを嗅《か》がして進《あ》げましょうか」と言いながらその花を子供の鼻の先へ持って行って見せ、「ああ好い香気《におい》だ」と泉太が眼を細くすると、「生意気ねえ」と快活な調子で言う姉の側に立っていて、「泉ちゃんだって、好いものは好いわねえ」と娘らしい歯を出して笑うのが節子であった。節子姉妹は岸本の知らない西洋草花の名なぞをよく知っていたが、殊《こと》に妹の方は精《
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