A町で聞いて来た噂を節子に話し聞かせた。
「なんでも、お腹に子供がありましたって。可哀そうにねえ」
節子は針医の娘の髪を結いかけていたが、婆やからその話を聞いた時は厭《いや》な顔をした。
五
「お節ちゃん」
子供らしい声で呼んで、弟の繁が向いの家から戻って来た。針医の娘の髪を済まして子供の側へ寄った節子を見ると、繁はいきなり彼女の手に縋《すが》った。
岸本は家の内を歩きながらこの光景《ありさま》を見ていた。彼は亡くなった妻の園子が形見としてこの世に置いて行った二番目の男の児や、子供に纏《まと》いつかれながらそこに立っている背の高い節子のすがたを今更のように眺《なが》めた。園子がまだ達者でいる時分は、節子は根岸の方から学校へ通っていたが、短い単衣《ひとえ》なぞを着て岸本の家へ遊びに来た頃の節子に比べると、眼前《めのまえ》に見る彼女は別の人のように姉さんらしく成っていた。
「繁ちゃん、お出《いで》」と岸本は子供の方へ手を出して見せた。「どれ、どんなに重くなったか、父さんが一つ見てやろう」
「父さんがいらっしゃいッて」と節子は繁の方へ顔を寄せて言った。岸本は嬉《うれ
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