tしげに飛んで来る繁を後ろ向きにしっかりと抱きしめて、さも重そうに成人した子供の体躯《からだ》を持上げて見た。
「オオ重くなった」
 と岸本が言った。
「繁さん、今度は私の番よ」と針医の娘もそこへ来て、岸本の顔を見上げるようにした。「小父さん、私も――」
「これも重い」と言いながら、岸本は復《ま》た復たさも重そうに針医の娘を抱き上げた。
 急に繁は節子の方へ行って何物かを求めるように愚図《ぐず》り始めた。
「お節ちゃん」
 言葉尻《ことばじり》に力を入れて強請《ねだ》るようにするその母親のない子供の声は、求めても求めても得られないものを求めようとしているかのように岸本の耳に徹《こた》えた。
「繁ちゃんはお睡《ねむ》になったんでしょう――それでそんな声が出るんでしょう――」と節子が子供に言った。「おねんねなさいね。好いものを進《あ》げますからね」
 その時婆やは勝手口の方から来て、子供のために部屋の片隅《かたすみ》へ蒲団《ふとん》を敷いた。そこは長火鉢《ながひばち》なぞの置いてある下座敷で、二階にある岸本の書斎の丁度|直《す》ぐ階下《した》に当っていた。節子は仏壇のところから蜜柑《みかん
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