梠繧ノ成って来ていた。お婆さんはまだ達者だった。そのお婆さんがわざわざ年老いた体躯《からだ》を車で運んで来て勧めてくれた縁談もあったが、それも岸本は断った。郷里の方にある岸本の実の姉も心配して姉から言えば亡くなった自分の子息の嫁、岸本から言えば甥《おい》の太一の細君にあたる人を手紙でしきりに勧めて寄《よこ》したが、その縁談も岸本は断った。
「出来ることなら、そのままでいてくれ。何時までもそうした暮しを続けて行ってくれ」
こういう意味の手紙を一方では岸本も貰わないではなかった。尤《もっと》も、そう言って寄してくれる人に限ってずっと年は若かった。
独りに成って見て、はじめて岸本は世にもさまざまな境遇にある女の多いことを知るように成った。その中には、尼にも成ろうとする途中にあるのであるが、もしそちらで貰ってくれるなら嫁に行っても可《い》いというような、一度|嫁《かたづ》いて出て来たというまだ若いさかりの年頃の女の人を数えることが出来た。女としての嗜《たしな》みも深く、学問もあって、家庭の人として何一つ欠くることは無いが、あまりに格の高い寺院《おてら》に生れた為、四十近くまで処女《おとめ》
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