チて来た。その時、岸本は日頃逢い過ぎるほど人に逢っていることを書いて、吾儕《われわれ》二人は互いに未知の友として同じ柳並木のかげを楽もうではないか、という意味の返事をその青年に出した。この岸本の心持は届いたと見え、先方《さき》からも逢いたいという望みは強《し》いて捨てたと言って来て、手紙の遣《や》り取りがその時から続いた。例の柳並木、それで二人の心は通じていた。その青年に取っては河岸は岸本であった。岸本に取っては河岸はその青年であった。
 同じ水を眺《なが》め同じ土を踏むというだけのこんな知らないもの同志の手紙の上の交りが可成《かなり》長い間続いた。時にはその青年は旅から岸本の許《もと》へ葉書をくれ、どんなに海が青く光っていても別にこれぞという考えも湧《わ》かない、例の柳並木の方が寧《むし》ろ静かだと書いてよこしたり、時には東京の自宅の方から若い日に有りがちな、寂しい、頼りの無さそうな心持を細々《こまごま》と書いてよこしたりした。次第に岸本はそうした手紙を貰うことも少くなった。ぱったり消息も絶えてしまった。
「あの人もどうしたろう」
 と岸本は河岸を歩きながら自分で自分に言って見た。

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