トいて済むことである。君と僕との交誼《まじわり》が深ければ深いほど、黙していた方が順当なのであろう。旧《ふる》い家を去って新しい家に移った僕は懶惰《らんだ》に費す日の多くなったのをよろこぶぐらいなものである。僕には働くということが出来ない。他人の意志の下に働くということは無論どうあっても出来ない。そんなら自分の意志の鞭《むち》を背にうけて、厳粛な人生の途《みち》に上るかというに、それも出来ない。今までに一つとして纏《まとま》った仕事をして来なかったのが何よりの証拠である。空と雲と大地とは一日|眺《なが》めくらしても飽くことを知らないが、半日の読書は僕を倦《う》ましめることが多い。新しい家に移ってからは、空地に好める樹木を栽《う》えたり、ほんの慰み半分に畑をいじったりするぐらいの仕事しかしないのである。そして僅《わず》かに発芽する蔬菜《そさい》のたぐいを順次に生に忠実な虫に供養するまでである。勿論《もちろん》厨房《ちゅうぼう》の助に成ろう筈《はず》はない。こんな有様であるから田園生活なんどは毛頭《もうとう》思いも寄らぬことである。僕の生活は相変らず空《くう》な生活で始終している。そして当
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