発した自分は、すくなくも自己《おのれ》に省みて疚《やま》しくないところまで彼女を導いたつもりだと書いた。自分等は罪で罪を洗い、過ちで過ちを洗おうとした、その結果として互に独身をちかったと書いた。節子には最早《もはや》家庭の人となる望みはなかろうと思うと書いた。彼女の願いは、覚束《おぼつか》ないながらも静かな宗教生活に入ることにあるだろうと思うと書いた。自分はすこしも彼女を拘束する考えは持たない、彼女の前途に幸福あれかしと願うの外はないと書いた。今になって見ると自分の為たこと考えたことは、帰国当時の心持からは大分|隔絶《かけはな》れたものであるが、しかし自分としてはこれより外に道の歩みようが無かったと書いた。猶《なお》、今日までの通り節子の生活は自分の方で保証する、それを自分の責任とも考えると書いた。それには輝子の手を煩《わずら》わすなり、為替《かわせ》に託するなりして、送金したいと思うと書き添えた。
 復《ま》た復た岸本は筆を擱《お》いて嘆息してしまった。複雑し矛盾した心の経験は到底こんな手紙に尽しようが無かった。

        百十八

 渋谷の輝子は岸本の方から送った手紙を谷中まで届けに行った帰りだと言って、愛宕下《あたごした》の下宿へ立寄った。
「浦潮《ウラジオ》の姉さん」
 何事《なんに》も知らない子供等は無邪気な声を掛けた。輝子は「渋谷の姉さん」としてよりも未だ「浦潮の姉さん」として子供等に喜び迎えられていた。
「一寸《ちょっと》父さんのところへ御使に来ましたから、その御用を済ましてしまって――それから後で」
 と輝子は泉太や繁を言い宥《なだ》めた。岸本は湯をたやさずにある火鉢《ひばち》の側で輝子を迎えた。義雄兄の方からの返事を聞くまでは彼も落ちつかなかった。
「お父《とっ》さんが、いずれこの御返事は後から致しますッて――」
 輝子は意味ありげに言って、更にきっぱりとした調子で、
「節ちゃんはもう叔父さんのところへお手伝いには上げませんから、そのお積りでいらっして下さい」
 こう岸本に言った。輝子は、岸本が悪い顔でもするのを待受けるかのようにそれを言ったが、岸本の方ではもとよりそのつもりであった。
「それは承知しました」
 と彼は簡単に答えた。
「それから、お父さんが叔父さんにそう言って下さいッて――『青くなったり、赤くなったりして、自分の為た事を書か
前へ 次へ
全377ページ中342ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング