魔ウない以前に言えることであって、今となっては反《かえ》ってそれを隠さないことが彼女のためにも真《まこと》の進路を開き与えることだと考えるように成った。
「一切を皆の前に白状したら」
 岸本は今まで聞いたことの無い声を自分の耳の底で聞きつけた。もし嘘《うそ》でかためた自分の生活を根から覆《くつがえ》し、暗いところにある自分の苦しい心を明るみへ持出して、好い事も悪い事も何もかも公衆の前に白状して、これが自分だ、捨吉だ、と言うことが出来たなら。
 そこまで考え続けて行った時、岸本はこの心の声を打消したいように思った。
「嘘でかためたにしろ、何にしろ、あれほど義雄さんに強《し》いるようにして頼んで置いて、今更そんなことが出来るものだろうか」
 そう思うと彼は躊躇《ちゅうちょ》しない訳にいかなかった。自己の破壊にも等しい懺悔《ざんげ》――彼は懺悔という言葉の意味が果してこういう場合に宛嵌《あては》まるかどうかとは思ったが――その結果が自分に及ぼす影響の恐ろしさを思うと、猶更《なおさら》躊躇しない訳にいかなかった。それの出来る時が、眼に見えない牢屋から本当に出られる時だろう、心から青空の見られるような気のする時だろう、待ち受けた夜明けの来る時だろう、そうは思っても、そこまで行くだけの精神《こころ》の勇気を起そうとするだけでも容易では無かった。

        九十三

 未だ岸本は一切をそこへ曝《さら》け出してしまう程の決心もつきかねていたが、自分の苦しい出発点に遡って根本から考え直して掛ろうとするには、どうしてもその心の声を否《いな》むことが出来なかった。それをするには、いろいろな人が懺悔を書いた例に倣《なら》って、自分も愚しい著作の形でそれを世間に公《おおやけ》にしようと考えるように成った。「あの事」を書いたら。そんなことは以前の彼には考えられもしなかったのみか、なるべく「あの事」には触れまいとして節子から来た手紙は焼捨てるとか引裂いて捨てるとかした以前の彼の眼から見たら、まるで狂気の沙汰《さた》であった。こんなところへ岸本を導いたものは節子に対する深い愛情だ。
 懺悔へ。岸本はどうしてこんな心に成れたろうと時々自分ながらびっくりすることも有った。彼の心がその方に向おうとしただけでも、何となく彼の歩いて行く路《みち》には新しい未来が感じられて来た。種々な事が先の方に起っ
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