チた。義雄の話の中には、長いこと弟の子供の世話で骨の折れたことや、岸本の留守中に嫂が泉太や繁を断りたいと言出して、それを兄が頑《がん》として聞入れなかったということなぞが、それからそれへと引出されて行った。
「一旦《いったん》俺は自分の身に引受けたことは、飽までもそれを守り貫く。子供のことばかりじゃないテ。これは言うべきことで無いと思ったら、仮令《たとえ》自分の妻《さい》にだって決して話さん」
義雄の話がちょいちょい岸本の痛いところへ触《さわ》りかける度《たび》に、岸本はそれを言出されるのを苦痛に感じた。兄はまた泉太や繁の話に戻って、あの子供等が嫂の方に懐《なつ》かないで、仮令|叱《しか》られても何でも兄の方に懐いて来るということなぞを岸本に語り聞かせた。
二時間ばかりも義雄は弟の二階に居た。岸本は手を揉《も》みながら二階を降りて行く兄を見送った。彼は独《ひと》りになってから、その日の兄の置いて行った話を自分の胸に纏《まと》めて見た。要するに嫂の噂《うわさ》であった。嫂の愚痴の源を、兄はあの嫂に隠していることがあるからだというその兄弟だけの深い秘密に持って行って見せたのであった。
こうした兄の話は、万更《まんざら》岸本にも思い当らないでは無かった。彼は一度家の方で嫂と話したことがある。その時嫂は彼に向って、「義雄さんは私に隠していることがある」と険しい眼付をして言ったこともあるし、「私達が東京へ出るように成ったのは、一体誰から言出したことなんですか――」と言って彼に問詰めたこともある。かねてからあの嫂の前に詫《わ》びよう詫びようと思っている彼に取っては、その時ほど好い機会は無かった。「詫びるなら、今だ」と命ずるような声を彼は自分の頭の上で聞かないでは無かった。けれども、彼は跨《また》ぎにくい留守宅の敷居を跨いで兄や嫂と顔を合せたそもそもの日にもう詫び損《そこ》ねてしまった。今更それを言出すことも出来なかった。帰国以来急激に変って来た節子との関係から言っても、猶々《なおなお》それが出来なくなった。罪の深いもの同志が如何《いか》に互の苦悩から救われようとして悶《もが》こうと、誰がそんな寝言のようなことを信じよう、そう考えて岸本は部屋の障子の側《わき》に悄然《しょうぜん》と立ちつくした。
四十七
泉太や繁のためから言っても、岸本は何時まで二家族
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