フついたその絵本を母親のところへ持って行って見せ、祖母さんのところへ持って行って見せ、節子のところへも持って行って見せた。
「どれ、見しょ」
 と義雄が郷里の方の言葉を出して言うと、次郎はそれを父親の方へも持って行った。
「何だかこの本は異人臭い」と一郎は叔父の土産を嗅《か》いで見て、笑い出した。
「子供は何か食うものでも貰わないと、貰ったような気がしないぞ――」と義雄は岸本に言った。
「そうですね。大阪で買ったお菓子がありますから、あれも一緒に分けてくれますかナ」
 岸本は起《た》ったり坐ったりした。表の往来に接した窓からは午後の日が祖母さん達の居る部屋の障子に射していた。節子はその部屋の隅《すみ》の方に小さくなって、泉太や繁と一緒に遠い国のお伽話の本なぞをひろげて見ていた。

        二十

 根岸の姪《めい》(岸本が長兄の娘)の夫にあたる人は、義雄兄からの電報が行くと直《す》ぐに岸本に逢いに来てくれた。岸本はこの義理ある甥《おい》と旧《もと》の新橋停車場で別れたぎりの顔を合せた。
「捨叔父さんも御無事にお帰りで――」
 こう言って挨拶する親戚《しんせき》の前では、義雄は弟の遠い旅に行った動機なぞを小欠《おくび》にも出すまいとする風であった。のみならず「弟が」と言っても済むところをわざと「岸本捨吉が」と言って、品川からしょんぼり着いたような弟のことを晴の帰朝者として取扱おうとした。それほど義雄の気質には一門の名誉とか外聞とかいうことを重く視《み》るところがあった。
「叔父さん、まあ洋服でもお脱ぎなすって――ここに浴衣《ゆかた》も出してありますから」
 と嫂が言った。この嫂は岸本のことを呼ぶには一郎や次郎と同じように「叔父さん」と呼ぶ場合の方が多かった。その時になって岸本は漸く旅人の姿でなくなった。
「旅のお話でも一つ伺いましょうか――」
 と祖母さんも奥の部屋へ来て皆と一緒になった。
「祖母さんはお達者なようですね」
 と岸本が言うと、義雄はそれを引取って、
「家中で祖母さんが一番丈夫だ」この兄の言葉は何となく岸本の耳に強く響いた。
「そう言えば、叔父さんは何時《いつ》見てもそう変りなさらない」と嫂が言った。
「そうでもありません」と岸本は自分の額へ手を宛《あ》てて、「髪がもうこんなに白くなっちまいましたよ」
「それに大分日に焼けて来たぞ」
 と義雄が言
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