tに靴を包んで軽い麦藁帽《むぎわらぼう》を冠《かぶ》ったのが牧野で、その側に立つが彼だ。まぶしかった日光の反射は彼自身の印画を若過ぎるほど若く見せて、それが自分の旅人姿とも一寸《ちょっと》受取れなかった。
「巴里で三年昼寝をして来た。自分のことなぞはそれで沢山だ」
と彼は言って見て、いらいらとした旅の心は思うように仕事の出来るだけの沈着《おちつき》をも与えてくれなかったことを思い、僅に故国の新聞へ宛《あ》てて折々の旅の通信を書くにとどめてしまったことを思い、国を出る時の多くの約束もその十が一をも果せなかったことを胸に浮べた。
「でも、割合に好く書いてあるじゃ有りませんか」
と牧野は側へ来て言って、半分他人のことのようにその新聞を読返した。
岸本は早や自分等の帰国が京阪地方の人に知れたことを思った。東京の方に自分を待受けている人達――義雄兄を初め、嫂《あによめ》、節子、それから泉太や繁なぞがそれを知る時のことをも想って見た。彼は留守宅宛に、無事に神戸に着いたことを書き、これから大阪や京都に知人を訪ねながら帰って行くことを書いたが、東京へ着く日取もわざと知らせなかった。
十五
岸本の身に感ずるは強い歓喜《よろこび》と、そして激しい疲労《つかれ》とであった。彼はその歓喜がどれ程の強さのものとも、又はその疲労がどれ程の激しさのものとも、一寸それを言い表すことが出来なかった。それは一日の休息や一夜の睡眠によって忘れ去り得べくもなく、もっと強く歓喜を貪《むさぼ》りたいと思わせ、もっと激しく疲労を味《あじわ》いたいと思わせるような、そんな性質のものであった。彼は連《つれ》の牧野を見て、日頃船に弱いと言っていたこの画家がさ程疲れたらしい容子《ようす》の無いにも驚いた。
これほどの歓喜は感じながらも、東京の方角を指《さ》して神戸を発《た》とうとする頃の岸本の足は重かった。大阪まで彼は牧野と連立って帰って行った。牧野も彼もまだ旅姿のままで、一度神戸で脱いだ旅の着物を復《ま》た身に着けて、汽車中|殆《ほとん》ど休みなしに硝子窓《ガラスまど》の側に立ちつづけて行った。あそこに湿った日光の明るさがある、眼のさめるような青田がある、ここに草葺《くさぶき》の屋根があると言って、それを仏国中部の田舎《いなか》あたりで見て来た妙に乾燥した空気や、牛羊の多い牧場や、緑葉の
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