黷煢スとなく霞《かす》んで見え、岸に立つマロニエの並木も芽ぐんで来ていた。そういう日には殊《こと》に春待つ心が彼の胸に浮んだ。
二年近くかかって育てた新しい言葉も延びて行く時であった。彼は旅人らしく自分の周囲を見廻すと、来《きた》るべき時代のためにせっせと準備しているようなもののあるのに気がついた。彼の眼には、どう見てもそれは芽だ。間断なく怠りなく支度しているような芽だ。それは可成《かなり》もう長いこと萌《きざ》しに萌して来たものであるとも言える。けれども何人《なんぴと》の骨髄にまでも浸《し》み渡るような欧羅巴《ヨーロッパ》の寒い戦争が来て、一層その発芽力を刺激されたようにも見える。そうしたものが彼の周囲にあった。そしてその芽の一つとして、曾《かつ》て一度は頽廃《たいはい》したものの再生でないものは無かった。
この観望は岸本が旅の心を一層深くさせた。彼の周囲には死んだジャン・ダアクすら、もう一度仏蘭西人の胸に活《い》きかえりつつあった。彼は淫祠《いんし》にも等しいような古いカソリックの寺院を多く見た眼でリモオジュのサン・テチエンヌ寺を見、あのサン・テチエンヌ寺を見た眼を移して巴里のフランソア・ザビエー寺などを見、更に眼を転じて「十字架の道」へと志す幾多の新人のあることに想い到ると、そうした再生の芽を古い古い羅馬旧教の空気の中にすら見つけることが出来るように思った。
その芽が岸本にささやいた。
「お前も支度したら可《い》いではないか。澱《よど》み果てた生活の底から身を起して来たというお前自身をそのまま新しいものに更《か》えたら可いではないか。お前の倦怠《けんたい》をも、お前の疲労をも――出来ることならお前の胸の底に隠し有《も》つ苦悩そのものまでも」
百二十三
町に出て往来《ゆきき》の人々に混りたいと思うような午後が来た。岸本は下宿を出ようとして、丁度パスツウルに近い画室の方から訪《たず》ねて来る牧野に逢《あ》った。
岡も、小竹も相前後して既に英吉利《イギリス》の方から巴里へ戻って来ている頃であった。牧野は岡の意中の人が国の方で他《わき》へ嫁《かたづ》いたという消息を持って来た。戦争前、美術学校の助教授が巴里を発《た》つという際にも、その他の時にも、まだ岡は一縷《いちる》の望みをそれらの人達の帰国に繋《つな》いでいた。最早岡の意中の人も行っ
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