A岸本は自分の旅の身を持って行った。羞《は》じても、羞じても、羞じ足りないほどの心で国を出て来た時、暗夜に港を離れ行く仏蘭西《フランス》船の甲板《かんぱん》の上に立って最後に別れを告げた時の彼は、実はあの神戸も見納めのつもりであった。彼の旅も、これから先の方針を定めねば成らないところまで行った。
百二十
「お客さん、お支度《したく》が出来ましてございます」
仏蘭西《フランス》風の縞《しま》の前垂《まえだれ》を掛けた下女が部屋の扉《と》を開けて、岸本のところへ昼食の時を知らせに来た。下宿でも主婦《かみさん》の姪《めい》はリモオジュへ帰って、田舎出《いなかで》の下女が傭《やと》われて来ていた。
暗い廊下を通って、岸本は食堂の方へ行って見た。二年近い月日を旅で暮すうちに彼は古顔な客としての自分をその食堂に見た。
「さあ、どうぞ皆さんお席にお着き下さいまし」と肥《ふと》った主婦は仏蘭西|麺麭《パン》を切りながら言った。「私共は田舎料理で、ノルマンディからいらしったお客さまのお口には合いますかどうですか」
町の近くにあるヴャアル・ド・グラアスの陸軍病院に負傷した夫を見舞うためノルマンディの地方から出て来たという女の客、ある家庭の子供を教えに通っている中年の女教師、それらの人達が岸本の食堂で落合う顔揃《かおぶれ》であった。最早《もう》羅馬《ローマ》旧教のカレエムが始まっていた。毎年の例のように主婦が豚の腸詰なぞを祝う「肉食の火曜」も過ぎていた。四十日間の宗教季節が復《ま》たやって来たことは、仏蘭西で暮した月日の長さを岸本に思わせた。
「岸本さん、お国からお便《たよ》りがございますか。お子さん方も御変りもございませんか。さぞ父さんをお待ちでございましょう」
と主婦も一緒に食卓に就《つ》きながら言って、大きな皿に盛った精進日《しょうじんび》らしい手料理を順に客の前へ廻した。この主婦はノルマンディから来た女の客の巴里《パリ》で買ったという帽子を褒《ほ》め、家庭教師の新調した着物の好《この》みを褒め、「まあ結構な」とか、「実にまあ御見事な」とか、褒められるだけ褒めた。リモオジュの田舎から出た人だけに、お料理から世辞まで山盛にしなければ承知しなかった。岸本はこの人達の世間話にも聞飽きて、費用のみ要《かか》る外国の旅のことを思いながら食った。食堂から自分の部屋へ
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