女が煩《わずら》い勝である事や、浅草時代の自分は何処《どこ》かへ行ってしまったかと思われるほど弱くなったことや、両手にひろがった水虫のようなものは未《ま》だ癒《なお》らなくて難儀をしているということばかりでなく、母親に対して気まずい思いをしていることが今までに無い調子で書いてあった。読みかけて、岸本は眉《まゆ》をひそめずにはいられなかった。何故というに、節子の手紙を通して聞くあの嫂《あによめ》の言葉は、兄一人だけしか知らない筈《はず》の自分の秘密を感づいているとしか思われなかったから。その時岸本はそう思った。何故、あの義雄兄は嫂にまで隠そうとするような方針を取ってくれたろう。何故、節子はまた母親だけに身の恥を打明けて詫《わ》びるという心を起さなかったろうと。
節子の手紙で見ると、どうかすると彼女は彼女の幼い弟達の前で、母から「姉さん」という言葉で呼ばれずに「お婆さん」と呼ばれることがあるとしてある。煩い勝ちで台所の手伝いも思うように出来ないという彼女は、この皮肉を浴びる時の辛《つら》さを書いてよこした。そればかりでは無い、彼女の母の言葉としてこんなことまで書いてよこした。「お婆さんでは、なんぼなんでも可哀そうだ――そうだ叔母《おば》さんが可《い》い――この人は姉さんじゃなくて、岸本の叔母さんだよ――」母の言うことはこうした調子だと書いてよこした。
「岸本の叔母さん」
当てこすりで無くてこれが何であろう、と岸本はその言葉を繰返して見た。彼は節子から来た手紙をよく読んで見るにも堪《た》えない程、今までにない彼女の調子にひどく胸を打たれた。彼女は病的と思われるまで傷《いた》ましい調子で書いてよこした。気でも狂いそうな調子で書いてよこした。その時ほど、岸本は自分故に苦しんで行く姪のすがたをまざまざと見せつけられたことは無かった。
百十一
言いあらわし難い恐怖《おそれ》と哀憐《あわれみ》とは、節子の手紙を引裂いて焼捨ててしまった後まで岸本の胸に残った。ずっと以前に岸本が信濃《しなの》の山の上に田舎教師《いなかきょうし》をしながら籠《こも》り暮した頃、城址《しろあと》の方にある学校へ行こうとして浅い谷間《たにあい》を通過ぎたことがある。ある神社の裏手にあたるその浅い谷間の水の流のところで、一羽の小鳥を見つけたことがある。飛去りもせずにいる小鳥を捉《つか
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