tを二つ取出して来て、一つを繁の手に握らせ、もう一つの黄色いやつを針医の娘の前へ持って行った。
「へえ、あなたにも一つ」
そういう場合の節子には、言葉にも動作にも、彼女に特有な率直があった。
「さあ、繁ちゃん、お蜜柑もって、おねんねなさい」と節子は子供に添寝する母親のようにして、愚図々々言う繁の頭《つむり》を撫でてやりながら宥《なだ》めた。
「叔父さん、御免なさいね」
こう言って子供の側に横に成っている節子や、部屋の内を取片付けている婆やを相手に、岸本は長火鉢の側で一服やりながら話す気に成った。
「これでも繁ちゃんは、一頃《ひところ》から見るといくらか温順《おとな》しく成ったろうか」と岸本が言出した。
「一日々々に違って来ましたよ」と節子は答えた。
「そりゃもう、旦那《だんな》さん、こちらへ私が上った頃から見ると、繁ちゃんは大変な違いです。お節ちゃんの姉さんがいらしった頃と、今とは――」と婆やも言葉を添える。
この二人の答は岸本の聞きたいと思うものであった。彼はまだ何か言出そうとしたが、自分で自分を励ますように一つ二つ荒い息を吐《つ》いた。
六
「厭《いや》、繁ちゃんは。懐《ふところ》へ手を入れたりなんかして」と節子は母親の懐でも探すようにする子供の顔を見て言った。「そんなことすると、もう一緒にねんねして進《あ》げません」
「温順《おとな》しくして、おねんねするんですよ」と婆やも子供の枕頭《まくらもと》に坐って言った。
「ほんとに繁ちゃんは子供のようじゃないのね」と節子は自分の懐を掻合《かきあわ》せるようにした。「だからあなたは大人と子供の合の子だなんて言われるんですよ――コドナだなんて」
「コドナには困ったねえ」と婆やは田舎訛《いなかなまり》を出して笑った。「あれ、復た愚図る。誰もあなたのことを笑ったんじゃ有りませんよ。今、今、皆なであなたのことを褒《ほ》めてるじゃ有りませんか。ほんとにまあ、私が上った頃から見ると繁ちゃんは大変に温順しくお成りなすったッて――ネ」
「さあ、おねんねなさいね」と節子は寝かかっている子供の短い髪を撫《な》でてやった。
「ああ、もう寝てしまったのか」と岸本は長火鉢の側に居て、子供の寝顔の方を覗《のぞ》くようにした。「ほんとに子供は早いものだね。罪の無いものだね……この児はなかなか手数が要《かか》る。どうして、繁
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