って……袖子《そでこ》さんと金之助《きんのすけ》さんとは、今日《きょう》は喧嘩《けんか》です。」
 この「喧嘩《けんか》」が父《とう》さんを笑《わら》わせた。
 袖子《そでこ》は手持《ても》ち無沙汰《ぶさた》で、お初《はつ》の側《そば》を離《はな》れないでいる子供《こども》の顔《かお》を見《み》まもった。女《おんな》にもしてみたいほどの色《いろ》の白《しろ》い児《こ》で、優《やさ》しい眉《まゆ》、すこし開《ひら》いた脣《くちびる》、短《みじか》いうぶ毛《げ》のままの髪《かみ》、子供《こども》らしいおでこ――すべて愛《あい》らしかった。何《なん》となく袖子《そでこ》にむかってすねているような無邪気《むじゃき》さは、一層《いっそう》その子供《こども》らしい様子《ようす》を愛《あい》らしく見《み》せた。こんないじらしさは、あの生命《せいめい》のない人形《にんぎょう》にはなかったものだ。
「何《なん》と言《い》っても、金之助《きんのすけ》さんは袖《そで》ちゃんのお人形《にんぎょう》さんだね。」
と言《い》って父《とう》さんは笑《わら》った。
 そういう袖子《そでこ》の父《とう》さんは鰥《やもめ
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