。
「ちゃあちゃん。」
「はあい――金之助《きんのすけ》さん。」
お初《はつ》と子供《こども》は、袖子《そでこ》の前《まえ》で、こんな言葉《ことば》をかわしていた。子供《こども》から呼《よ》びかけられるたびに、お初《はつ》は「まあ、可愛《かわい》い」という様子《ようす》をして、同《おな》じことを何度《なんど》も何度《なんど》も繰《く》り返《かえ》した。
「ちゃあちゃん。」
「はあい――金之助《きんのすけ》さん。」
「ちゃあちゃん。」
「はあい――金之助《きんのすけ》さん。」
あまりお初《はつ》の声《こえ》が高《たか》かったので、そこへ袖子《そでこ》の父《とう》さんが笑顔《えがお》を見《み》せた。
「えらい騒《さわ》ぎだなあ。俺《おれ》は自分《じぶん》の部屋《へや》で聞《き》いていたが、まるで、お前達《まえたち》のは掛《か》け合《あ》いじゃないか。」
「旦那《だんな》さん。」とお初《はつ》は自分《じぶん》でもおかしいように笑《わら》って、やがて袖子《そでこ》と金之助《きんのすけ》さんの顔《かお》を見《み》くらべながら、「こんなに金之助《きんのすけ》さんは私《わたし》にばかりついてしま
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