きんじょ》の家《いえ》の二|階《かい》の窓《まど》から、光子《みつこ》さんの声《こえ》が聞《き》こえていた。そのませた、小娘《こむすめ》らしい声《こえ》は、春先《はるさき》の町《まち》の空気《くうき》に高《たか》く響《ひび》けて聞《き》こえていた。ちょうど袖子《そでこ》はある高等女学校《こうとうじょがっこう》への受験《じゅけん》の準備《じゅんび》にいそがしい頃《ころ》で、遅《おそ》くなって今《いま》までの学校《がっこう》から帰《かえ》って来《き》た時《とき》に、その光子《みつこ》さんの声《こえ》を聞《き》いた。彼女《かのじょ》は別《べつ》に悪《わる》い顔《かお》もせず、ただそれを聞《き》き流《なが》したままで家《いえ》へ戻《もど》ってみると、茶《ちゃ》の間《ま》の障子《しょうじ》のわきにはお初《はつ》が針仕事《はりしごと》しながら金之助《きんのすけ》さんを遊《あそ》ばせていた。
 どうしたはずみからか、その日《ひ》、袖子《そでこ》は金之助《きんのすけ》さんを怒《おこ》らしてしまった。子供《こども》は袖子《そでこ》の方《ほう》へ来《こ》ないで、お初《はつ》の方《ほう》へばかり行《い》った
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