ちゃん。」
 それが茶《ちゃ》の間《ま》へ袖子《そでこ》を探《さが》しに行《ゆ》く時《とき》の子供《こども》の声《こえ》だ。
「ちゃあちゃん。」
 それがまた台所《だいどころ》で働《はたら》いているお初《はつ》を探《さが》す時《とき》の子供《こども》の声《こえ》でもあるのだ。金之助《きんのすけ》さんは、まだよちよちしたおぼつかない足許《あしもと》で、茶《ちゃ》の間《ま》と台所《だいどころ》の間《あいだ》を往《い》ったり来《き》たりして、袖子《そでこ》やお初《はつ》の肩《かた》につかまったり、二人《ふたり》の裾《すそ》にまといついたりして戯《たわむ》れた。
 三|月《がつ》の雪《ゆき》が綿《わた》のように町《まち》へ来《き》て、一晩《ひとばん》のうちに見事《みごと》に溶《と》けてゆく頃《ころ》には、袖子《そでこ》の家《いえ》ではもう光子《みつこ》さんを呼《よ》ぶ声《こえ》が起《お》こらなかった。それが「金之助《きんのすけ》さん、金之助《きんのすけ》さん」に変《か》わった。
「袖子《そでこ》さん、どうしてお遊《あそ》びにならないんですか。わたしをお忘《わす》れになったんですか。」
 近所《
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