み》えてきた。さものんきそうな兄《にい》さん達《たち》とちがって、彼女《かのじょ》は自分《じぶん》を護《まも》らねばならなかった。大人《おとな》の世界《せかい》のことはすっかり分《わ》かってしまったとは言《い》えないまでも、すくなくもそれを覗《のぞ》いて見《み》た。その心《こころ》から、袖子《そでこ》は言《い》いあらわしがたい驚《おどろ》きをも誘《さそ》われた。
 袖子《そでこ》の母《かあ》さんは、彼女《かのじょ》が生《う》まれると間《ま》もなく激《はげ》しい産後《さんご》の出血《しゅっけつ》で亡《な》くなった人《ひと》だ。その母《かあ》さんが亡《な》くなる時《とき》には、人《ひと》のからだに差《さ》したり引《ひ》いたりする潮《しお》が三|枚《まい》も四|枚《まい》もの母《かあ》さんの単衣《ひとえ》を雫《しずく》のようにした。それほど恐《おそ》ろしい勢《いきお》いで母《かあ》さんから引《ひ》いて行《い》った潮《しお》が――十五|年《ねん》の後《のち》になって――あの母《かあ》さんと生命《せいめい》の取《と》りかえっこをしたような人形娘《にんぎょうむすめ》に差《さ》して来《き》た。空《そ
前へ 次へ
全24ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング